中村藍子

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中村藍子 Tennis pictogram.svg
Aiko Nakamura 2007 Australian Open womens doubles R1.jpg
中村藍子のバックハンド・ストローク
基本情報
ラテン文字名 Aiko Nakamura
国籍 日本の旗 日本
出身地 同・大阪府大阪市天王寺区
生年月日 1983年12月28日(30歳)
身長 163cm
体重 56kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1999年
引退年 2012年
ツアー通算 0勝
シングルス 0勝
ダブルス 0勝
生涯通算成績 348勝350敗
シングルス 268勝237敗
ダブルス 80勝113敗
生涯獲得賞金 $862,381
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(2006・07)
全仏 1回戦(2005-08)
全英 2回戦(2005・07)
全米 2回戦(2005・06)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2008)
全仏 2回戦(2007)
全英 2回戦(2005・07・08)
全米 2回戦(2007)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 47位(2007年8月6日)
ダブルス 64位(2008年3月3日)

中村 藍子(なかむら あいこ, 1983年12月28日 - )は、大阪府大阪市天王寺区出身の女子プロテニス選手。現役時はニッケに所属していた。大阪市立高津中学校、樟蔭東高等学校卒業。ベースライン・プレーヤーで、フォアハンド・ストローク、バックハンド・ストロークとも両手打ちの選手。自己最高ランキングはシングルス47位、ダブルス64位。身長163cm、体重56kg。

来歴

5歳からテニスを始め、高校卒業後の2002年から本格的にツアーに出場を始める。2005年全豪オープン4大大会デビューを果たす。予選3試合を勝ち上がって本戦出場権を獲得し、本戦でも初戦突破を果たした。この時は続く2回戦で第10シードのアリシア・モリクオーストラリア)に 2-6, 4-6 で敗れている。この年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップの日本代表選手入りも果たし、4月第3週の「ワールドグループ2部」1回戦のチェコ戦でシングルスに抜擢された。この時は16歳になったばかりのニコル・バイディソバに敗れた。2005年度の4大大会では、全仏オープンのみ初戦敗退に終わったが、ウィンブルドン全米オープンでは2回戦進出を果たした。ウィンブルドン2回戦ではアナスタシア・ミスキナ、全米オープン2回戦ではナディア・ペトロワなど、実力者たちに果敢な挑戦を見せた。11月の全日本テニス選手権では第1シードであったが、準々決勝で第8シードの米村知子に 6-7, 4-6 で敗れてしまった。

2006年全豪オープンで、中村は初めての4大大会3回戦進出を果たしたが、第7シードのパティ・シュナイダースイス)に 2-6, 3-6 で敗れた。その後全仏オープンウィンブルドンとも初戦敗退に終わったが、7月15日-16日にかけて東京有明コロシアムで行われたフェドカップの「ワールドグループ・プレーオフ」で日本はオーストリアに5戦全勝で勝ち、2007年度フェド杯で「ワールドグループ」(最上位グループ、8ヶ国で構成)の出場権を獲得した。日本にとっては1997年以来10年ぶりとなるワールドグループ復帰を決めた団体戦で、中村はシングルス第3試合でオーストリア代表のバルバラ・シュワルツを 6-2, 7-5 で破った。4大大会年間最終戦の全米オープンでは、2回戦で第16シードのアナ・イバノビッチセルビア)に敗れる。10月第2週の「ジャパン・オープン」で、中村は初めてのWTAツアー大会決勝進出を果たしたが、第1シードのマリオン・バルトリフランス)に 6-2, 2-6, 2-6 の逆転で敗れて準優勝に終わった。バルトリもフォアハンド・ストローク、バックハンド・ストロークとも両手打ちの選手で、フォア・バックとも両手打ちの選手どうしで行われた女子ツアーの決勝戦は史上初めての出来事であった。

2007年全豪オープンでは、1回戦でギリシャエレニ・ダニリドゥ、2回戦でインドサニア・ミルザを破って3回戦進出を果たしたが、3回戦で第6シードのマルチナ・ヒンギスに敗れた。同年の全米オープンでは、1回戦で第5シードのアナ・イバノビッチセルビア)に 1-6, 1-6 で完敗した。

2008年の「カンガルーカップ国際女子オープン」(岐阜市開催)で、第1シードの中村はシングルス準々決勝で12年ぶりにプロ復帰を果たした37歳のクルム伊達公子に 6-7, 6-4, 3-6 で敗れた。伊達には翌週の福岡大会で雪辱を果たしている。全仏オープンでは、1回戦で第4シードのスベトラーナ・クズネツォワに 2-6, 3-6 で敗退した。

2009年ごろからは2度の膝の手術を受け大会に出場出来ない状態が続き、2010年にはランキングからも除外されていた。その後は女子ツアー下部大会を中心に出場していたが、2012年全米オープンの予選1回戦で敗れた試合が最後の出場になり、2012年11月に現役引退を発表した。

2011年12月、自身の専属コーチである古賀公仁男と結婚した。

WTAツアー決勝進出結果

シングルス: 1回 (0勝1敗)

大会グレード
グランドスラム (0–0)
ティア I (0–0)
ティア II (0–0)
ティア III (0–1)
ティア IV & V (0–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2006年10月8日 日本の旗 東京 ハード フランスの旗 マリオン・バルトリ 6–2, 2–6, 2–6

ダブルス: 1回 (0勝1敗)

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2008年10月4日 日本の旗 東京 ハード 日本の旗 森田あゆみ アメリカ合衆国の旗 ジル・クレイバス
ニュージーランドの旗 マリナ・エラコビッチ
6-4, 5-7 [6-10]

4大大会シングルス成績

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 通算成績
全豪オープン LQ 2R 3R 3R 1R LQ A LQ A 5–4
全仏オープン LQ 1R 1R 1R 1R LQ A A A 0–4
ウィンブルドン LQ 2R 1R 2R 1R 1R A A A 2–5
全米オープン LQ 2R 2R 1R 1R A A A LQ 2–4

外部リンク