リア・ディゾン

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リア・ディゾン
Leah Donna Dizon
基本情報
出生名 Leah Donna Dizon
別名 リア
出生 1986年9月24日(22歳)
血液型 O型
出身地 アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス
ジャンル J-POPR&B
職業 歌手モデルレースクイーン
活動期間 2007年2月-
レーベル ビクターエンタテインメント
事務所 スカイコーポレーション
公式サイト Leah Dizon OFFICIAL SITE
  
Leah Donna Dizon
リア・ディゾン
プロフィール
愛称 リア(Leah)、リー(Lee)
生年月日 1986年9月24日
現年齢 22歳
出身地 アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 167 cm / 52 kg
BMI 18.6(普通体重)
スリーサイズ 86 - 60 - 89 cm
ブラのサイズ C
靴のサイズ 24 cm
備考 近視
活動
ジャンル ファッショングラビア広告
モデル内容 一般、下着、水着、宝石
他の活動 レースクイーン
外部リンク
データベース IMDb
モデル: テンプレート - カテゴリ

リア・ドナ・ディゾン(Leah Donna Dizon, 1986年9月24日 - )は、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス出身の歌手モデルレースクイーン。一女の母。

目次

[編集] 経歴

ラスベガス時代

1986年9月24日に出生、父親は牧師、母親はカジノディーラー。父親が動物好きであったため乗馬で遊んだり、バレエの習い事をして幼少時を過ごす。初恋の相手は幼稚園で出会ったブランドンという男の子だったが物陰から隠れて見ているだけだった。弟のブラッドと子供の頃喧嘩になった際、枕で殴られたリアは2m近く飛ばされてしまったことがある。母親はお金の使い方に厳しく、同年代の女の子が携帯電話を持ち、好きなものを買って遊んでいるのを傍から見ているだけだった。14歳の頃、友人と一緒に衣料品店でアルバイトを始め、中学ではチアリーディングで活動したり、ギターのストラップを長めにし、腰より低い位置でギターを弾くグランジの真似ごとをしていたが、徐々にギターよりもダンスの方に傾倒。尚、この頃既に日本へ単身渡航して遊びに来たことがある。高校は当初、私立高校に入学したが、途中で公立の高校へ転入。どちらでも校風が合わなかった上、生来の内向的な性格が災いし友人が少なく、廊下を歩いていると悪ふざけでロッカーに閉じ込められたり、トイレで一人でスナック菓子を食べランチを済ませたこともあった等、陰のある高校生活を送る。学校での得意科目は国語。

なお、幼少期からテレビゲーム好きだったことや、テレビアニメ美少女戦士セーラームーン』および『ドラゴンボールZ』のファンだったこと、父がアジア系だったことなどから日本やアジアに対しての関心は高く、高校時代の外国語授業では日本語を選択したり、カラオケJ-POPを歌うなど日本語単語の知識は多少持っていた。学業以外では演劇やミュージカルの活動に興じる。デートはPCカフェで、シューティングゲームをして遊ぶ。

L.A時代

高校卒業後は大学進学も視野に入れていたが、家庭事情により学費捻出が難しく断念。ショウビズ(と大学進学)を目指すべく、ラスベガスからロサンゼルスへと生活拠点を移し、ゴーゴーバーでのポールダンサーや、ランジェリー販売のカタログモデル、車用品雑誌のグラビア、レースクィーン、イベントコンパニオン、レンタルビデオ店の店員、郵便局のアルバイト、自身で運営する有料会員制Webサイトでのグラビア写真の公開で糊口を凌ぐ傍ら、ダンススクールに通ったり、アジア系インディペンデント映画サークルのプロモーション映画に出演するなど、多種多様なアプローチで自らの生き方を模索する時期となった。日本向けのメディアデビューもこの時期に果たしており、2005年1月26日に発売された自動車雑誌「オプション」のセルビデオ「ビデオオプション」[1]に収録された、カリフォルニア州にあるNASCARレーストラックで行われたエキシビジョンレース「D1GP AllStar」のプレゼント企画で、各ブースをレポートするD1USAキャンペーンガールの一人として出演していた。この頃、後に話題となる自身のサイトを立ち上げる。しかし、自身のアルバイト先まで掲載されている雑誌を持参し「これは君なの?」と訊ねる男性が現れたり、各種撮影で肌の露出要求がエスカレートする事が多く嫌な思いをするなど、現状での仕事の限界を感じることも増えていた。

来日までの経緯

L.Aで生活し、グラビアモデル・レースクイーンとしての活動時に立ち上げていた自身のウェブサイトに自身の様々な画像を掲載したところ、1年弱で検索エンジンGoogle」のヒット数が200万件に上昇。中でも、日本の女子高校生風の"ルーズソックスセーラー服"着用の画像が日本や韓国・台湾のインターネット上で話題になり、この画像が瞬く間に増殖、あらゆる所に貼られインターネットで誰何され、日本(や韓国・台湾)での活動を勧めるファンメールが多数寄せられるようになる。その事が後押しとなり、自らプロモーション用のデモビデオを撮影・作成し、日本の芸能事務所にメールを送った。このとき日本語は殆ど話せなかったが、それが契約の支障となるのではないかと危惧し、日本語が少なからず理解出来る旨をアピールするために事務所宛のデモビデオでは安室奈美恵の『I WILL』を日本語で歌っている。芸能事務所「スカイコーポレーション」からのオファーでエージェントを通じて2006年春に来日。このときは「どうせすぐに帰されるのだろう」と思い、持ってきたお金はわずか200ドルだった。これらの経緯を経て「グラビア界の黒船」のキャッチフレーズとともに日本で芸能活動することとなった。

デビュー後

2006年初夏、日本での活動開始。雑誌(集英社ヤングジャンプ」・「週刊プレイボーイ」等)のグラビアページや表紙に登場し、男性を中心に人気を得る。ほどなく女性向けファッション誌でもモデルとして活動、同年後半から様々なジャンルの雑誌媒体で多数の表紙を飾り、10月には1st写真集「petit Amie」を発売。2007年2月には2nd写真集「ハロリア!」も発売され、それぞれ10万部を超える売り上げと発表された[2]。以後、テレビや雑誌などの出演も増加し、自身が一番望む活動である歌手活動も開始。日本語で歌うシングル4作とアルバムがリリースされ、2007年度のNHK紅白歌合戦へ出場するに至った。テレビでは、日本語でのアドリブ性の高い会話はまだ拙いが、台本があれば上達した発音を披露し、TV番組『魁!音楽番付 〜Vegas〜』では1年に渡り単独MCをこなした。新作アルバム発売にともなう台湾香港ツアー、大学の学園祭、集英社を筆頭としたグラビアやファッション雑誌を中心にモデルとして活動しているが「外国人である自分を受け入れてくれる素地が日本に存在するのか?」と懊悩している一面もある。母国に住む家族や友人とは離れて暮らしているため、適時来日する弟のブラッドが日本滞在を終えて帰国するときにはブログで落ち込んだ様子も綴る。

歌手デビュー以後、プライベイトでカラオケに行った場合には「ギャランティが発生しない」との理由で、プロとして自分の持ち歌は歌うべきではないというポリシーを持っており、自身以外の曲(宇多田ヒカル等)を歌う。

日本語学校で文法を勉強するが、暗記が追いつかない模様もブログで綴られた。日本語での簡単な受け答えは可能だが、自分の心情を述べる場合などは誤表現を避けるためにファーストランゲージである英語で答える。

2008年10月10日東京都内でスタイリストの日本人男性と挙式。4日後の10月14日に行なわれた全国ツアー最終日のアンコール中、来場したファンに結婚と妊娠4ヶ月であることを明かした[3]。出産後も芸能活動を続ける事を明言しており雑誌取材の他は、主婦と出産準備と楽曲制作に専念。

ママ・ディゾン

2009年4月24日に女児を出産、一児の母となる。

[編集] 人物・性格

  • 父は中国フィリピン人、母はフランスアメリカ人。六人兄弟の次女であり、兄が二人、姉が一人、弟が二人いる。
  • 英文とローマ字表記の日本語が混ざった文章を翻訳を介し、自ブログにて披露。2008年現在、日本語の文法を勉強中。また幼少時は父親の母国語であるタガログ語を学習、ほとんど忘れかけているが少々のヒアリングは出来る。
  • 2006年の来日直後、最初に住んだ街が祖師谷だったことから、インタビュー等で「日本で好きな場所は?」という類の質問を受けると「祖師谷」と回答する。来日から間もない頃のグラビア撮影は祖師ヶ谷大蔵駅すぐ傍の路上だった事もある[4]。来日から1ヶ月はまだ仕事も多くなく暇だったため、気持ちが淋しくならないように近隣の商店街や砧公園を闊歩し、帰りにゲームセンターばかり行っていた。世田谷区成人式式典にも一般人として参加していた[5]
  • 貪欲さに欠けて内向的であるため、自ら率先して人間関係を築く事や初対面の人間との意思疎通が非常に不得手で苦手としており、周囲が知らない人ばかりだとそのまま黙してしまう。自身はこのことを「社会不安障害では」と自己分析している。しかし人前で歌ったり踊ったりする分には何ら臆することもなく問題もないと語る[6]。このためかTV番組出演時に自身の性格を問われた際、「二面性」と答えたことがある[7]
  • TV出演時など、自らは覚えた語彙で何とか日本語での会話を成立させようと努力しているが、バラエティ寄りの番組で初手から日本語の拙さを期待され、それを指摘し笑いに転化されるのは本意ではないと落ち込むことがある。
  • 本人としては大学に入学して自分の家庭を作るのは30歳頃であろうと漫然と考えていたが、結婚して妻となり同時に妊婦となってしまっている状況に自分で驚く。

[編集] 趣味、特技、嗜好、その他

[編集] エピソード

  • 2007年2月9日、インターネットテレビGyaO内の番組、GyaOジョッキーに生出演。番組途中にアクセス過多でサーバがパンクする。(同じ番組企画でサーバがパンクしたのはGackt以来との事)
  • 2007年10月21日、BSフジの番組内で若手アーティストが彼女を自慰行為をする際の素材にしているとの話を聞いて、今はその意味も理解していると語り「そういう対象に見られるということは幸せなこと」と答えた。
  • 2007年12月31日、「NHK紅白歌合戦」に歌手として初出場。[8]
  • Yahoo!2007検索ワードランキング(集計期間:2007年01月01日-2007年12月31日)著名人総合ランキング7位、著名人女性ランキング4位、動画検索数ランキング7位、画像検索数ランキング1位
  • Yahoo!2008画像検索数ランキング(集計期間:2008年01月01日-2008年10月31日)画像検索数4位

[編集] ディスコグラフィ

シングル
  1. Softly」 2007年2月14日
    テレビ東京うぇぶたま」エンディング・テーマ。
  2. 恋しよう♪」 2007年5月30日
    「恋しよう♪」:ロッテ「リッチフルーツチョコレート」CMソング。
    「Could you be that one?」:プレイステーション3用ソフト「TECMO “NINJA GAIDEN ∑”」CMソング。
  3. L・O・V・E U」 2007年8月8日
    「L・O・V・E U」:集英社「PINKY」CMソング。
    「Brand New Day」:fm osaka「POWER PLAY 851」2007年8月度邦楽パワープレイ。
  4. Love Paradox」 2008年3月26日
    「Under The Same Sky」:WEBドラマ「Tokyo Prom Queen」OPソング。
  5. Vanilla」 2008年6月25日
    日本テレビ系「スーパーチャンプル」 8月エンディング・テーマ。
アルバム
  1. Destiny Line」 2007年9月12日
    「Are you feelin' for me?」:ロッテ「リッチフルーツチョコレート」CMソング。
  2. Communication !!!」 2008年8月20日
    「Lost at Sea」:WEBドラマ「TOKYO PROM QUEEN サマーヒート」主題歌。
配信限定
  • Fever」 2006年10月5日 ※ダウンロード販売。
  • 恋しよう♪〜yasutaka nakata-capsule mix〜」 2007年7月25日
未発表曲
DVD
  • 「リア・ディゾン in USA/PREMIUM EDITION “EXPOSED”」 マクザム 2007年
  • 「リア・ディゾン in USA GIRLS of 360」 マクザム 2007年
  • 「トラフィック・イン・ザ・スカイ」 GPミュージアムソフト 2007年
  • LIVE Communication!!!」 2008年12月10日
写真集
  • 「Petite Amie」 (2006年10月14日 集英社ISBN 4-08-780445-3
  • 「ハロリア! Hello! Leah」 撮影:飯塚昌太 (2007年2月14日 集英社) ※写真集としては初の撮り下ろし
  • 「HEAVEN」 撮影:LESLIE KEE (2007年10月5日 集英社) ※写真集としては初のDVD付き
  • 「ピュアリア!」 撮影:飯塚昌太(2008年3月26日 集英社)
その他
  • 「秘伝『うぇぶたま』の書」 宝島MOOK 単行本 2007年2月

[編集] 出演

映画
  • トラフィック・イン・ザ・スカイ[9] Traffic in the Sky (2007年)
バラエティ
CM

[編集] 関連人物及び交友関係

  • Bradley Dizon - 実弟、愛称は「ブラッド」、姉のリアとはナムコ3D格闘ゲーム鉄拳の対戦相手。音楽スタッフとして度々来日し、姉のアルバムの楽曲作りに参加。姉に「シャワーが長い」と怒られる。
  • バナナマン - 初のレギュラーTV番組となった『うぇぶたま』で共演。
  • 白石みき - 同上。リアと同じ事務所所属。
  • ジェイ・チョウ - リアが「大ファン」と公言する台湾のアーティスト。ジェイが出演し主題歌も歌う映画『王妃の紋章』の記者会見時、ジェイへの花束贈呈役を担当した。
  • 岡村隆史 - 自身のラジオ番組『オールナイト・ニッポン』にてリア好きを公言し、リアをゲストで呼び(ネタで)告白するもあえなく(あくまでネタで)ふられた。この時の通訳はデーブ・スペクターが担当。
  • 宮迫博之 - TV番組『アメトーク』の企画「リア・ディゾン芸人」で取り上げた際、マンガ雑誌のグラビアに出ていたリアをたまたま見て「久々にキタ」と評する。
  • 関根勤 - 上記番組の企画を自らプレゼンテーションしファンであると公言。リア・ディゾン芸人として出演し、独自の妄想を展開。
  • 宇多田ヒカル - TV番組『うたばん』にて「最近注目している人」としてリアの名を挙げた。同番組でのドッキリ企画では宇多田がリアについて滔々と語っている最中、その背後にリアが忍び寄り声をかけ、宇多田はリアの突然の登場に驚き、暫く声を失った。
  • 中川翔子 - NHK『紅白歌合戦』のリハーサル時、ナーバスになっていたリアをみた中川が「こういうのは楽しんじゃえばいいから」と声をかけた。リア本人のブログにおいても中川と「沢山話した」旨を綴った。
  • 山崎静代 - ファッションショー、シャンプーCM、音楽バラエティ番組と共演が多い人物。
  • マーティー・フリードマン - Leah Dizon Real G-ZONE(外部リンク参照)にてお互いに台湾歌手のジェイ・チョウを知っていた為、それについて盛り上がる。
  • 新美香 - 作詞家。リアの作詞、通訳、ライブ制作を手掛ける。
  • LESLIE KEE - カメラマン。友人。アルバム「Destiny Line」のジャケット、写真集「HEAVEN」に携わる。
  • 田中理恵 - リアが出ている雑誌を切り抜いて持って帰る。2007年08月ミューコミにてゲスト出演。

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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  1. ^ ビデオプションVol.143
  2. ^ 多く見積もった数字を出すのは業界の慣例なので、数字を鵜呑みには出来ない点も考慮の必要がある
  3. ^ リア“できた婚!”突然の発表にファン騒然 2008年10月15日 スポニチ閲覧
  4. ^ 週刊ヤングジャンプ 2006年xx月xx日号
  5. ^ WEBマガジン 月間チャージャー 2006年インタビューにて
  6. ^ DSport 2006年7月(英語)
  7. ^ 王様のブランチ出演時に発言
  8. ^ 同番組は、大物歌手、新人歌手に関係無く綿密なゲネプロを行うことで有名。
  9. ^ IMDb Traffic in the Sky