マリーヌ・ル・ペン
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Marine Le Pen
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マリーヌ・ル・ペン (2011年11月19日)
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| 生年月日 | 1968年8月5日(44歳) |
| 出生地 | ヌイイ=シュル=セーヌ (92) |
| 出身校 | パリ大学 |
| 所属政党 | 国民戦線 無所属 |
| 公式サイト | マリーヌ・ル・ペン |
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| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2011年1月16日 - |
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| 選挙区 | フランス西北部 |
| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2009年7月14日 - |
| 選挙区 | イル=ド=フランス |
| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2004年7月20日 - 2009年7月13日 |
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| 選挙区 | ノール=パ・ド・カレー |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2010年3月26日 - |
| 任期 | 1998年3月15日 - 2004年3月28日 |
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その他の職歴
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(2004年3月28日 - 2010年3月21日) |
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(2008年3月23日 - 2011年2月24日) |
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マリーヌ・ル・ペン(マリーヌ・ルペン、Marine Le Pen、フルネームは、マリオン・アンヌ・ペリーヌ・ル・ペン、Marion Anne Perrine Le Pen、1968年8月5日 - )は、フランスの政治家、欧州議会議員、弁護士、イル=ド=フランス地域圏議会議員。極右国民戦線創始者で初代党首のジャン=マリー・ル・ペンの第3女で、2011年より同党党首(第2代)。2012年フランス大統領選挙の第1回投票では10人の候補者中3位に入った。
目次 |
略歴 [編集]
パリ郊外ヌイイ=シュル=セーヌに生まれる。2002年「ルペンの世代」代表。「ルペンの世代」は、青年にルペンの思想と業績を宣伝・普及するために設立された組織である。2003年4月国民戦線副党首(定数8名)に選出される。2004年フランス地域圏選挙(French regional elections, 2004)ではイル=ド=フランス地域圏から立候補し、第一回投票では44万8987票(12.3パーセント)、第二回投票では、39万5481票(10.1パーセント)をそれぞれ獲得した。
2004年欧州議会議員選挙に立候補し、当選。当選後はアイデンティティ、伝統、主権(Identity, Tradition, Sovereignty)会派に所属している。
マリーヌは、国民戦線の政治、選挙戦略においてソフトイメージを打ち出す存在としてメディア対策を担当し、2006年からは、父の大統領選挙キャンペーンの選挙対策責任者となった。
国民戦線の後継者 [編集]
ジャンマリー・ル・ペン党首は2007年9月19日、後任の党首にマリーヌを推薦すると述べた。マリーヌの他に後継候補として名前の上がっていた副党首のカール・ラング欧州議会議員や党ナンバー2の全国代表に就いているブルーノ・ゴルニッシュ欧州議会議員に比べて、「マリーヌの方が類い希なる才能を持っている」と推薦する理由を語った。ル・ペン党首が公で自身の後継問題について語ったのはこれが初めて。
2011年1月16日、国民戦線の党大会にてマリーヌ・ルペンは新党首に選出された[1]。これにより、2012年の大統領選挙ではマリーヌ・ルペンが立候補する可能性が濃厚となると、国民戦線初の女性候補者ということからフランス国内で大きな話題を呼んだ[2]。3月6日にフランス大衆紙ル・パリジャンが公表した世論調査において、2012年大統領選挙の第1回投票では現職のニコラ・サルコジやフランス社会党候補を抑え第1位になるとの予測も出された[3]。その後選挙戦が本格化した後も一貫して3位につけ、特に若年層ではトップの支持率を得た。右派として競合する現職サルコジ大統領がルペンを意識して主張を右寄りに変遷させるなど、選挙戦にも大きなインパクトを与え、実際の選挙でも第1回投票で3位に食い込んだ。この時の得票率17.90%は、国民戦線の大統領候補者としては最高記録である[4]。
政治姿勢 [編集]
妊娠中絶と同性愛に反対している。また、一時期反ユダヤ主義的なスタンスを取っていたが、最近は反イスラーム主義的姿勢も示している。フランスでのムスリム移民の野外礼拝をナチス・ドイツによるフランス占領に例える発言をするなど、物議を醸した[5]。ただし、ムスリム移民の排斥を唱えるのでは無く、「フランス社会にふさわしいイスラーム」を求めていくとしている[6]。近年フランスにおいてムスリム人口が増加していることを背景として、2012年2月にはテレビで「パリの肉はハラールのものばかり流通している」と発言し波紋を呼んだ[7]。
脚注 [編集]
- ^ “仏右翼政党、三女のマリーヌ新党首選出 大統領選に照準”. 朝日新聞. (2011年1月16日) 2011年1月17日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “Le sacre de Marine Le Pen à la présidence du Front national”. Le Figaro. (2011年1月16日) 2011年1月17日閲覧。
- ^ “政界ショック…仏大統領選、極右党首が人気首位”. 読売新聞. (2011年3月6日) 2011年3月6日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “Biz活 - 仏大統領選で極右候補が躍進した理由は?”. 読売新聞. (2012年4月28日) 2012年4月28日閲覧。
- ^ http://mainichi.jp/select/world/news/20110117dde007030005000c.html フランス:国民戦線党首にルペン氏三女 ソフトな極右戦略[リンク切れ]
- ^ http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110116-OYT1T00463.htm フランス極右・国民戦線、後継党首に三女選出[リンク切れ]
- ^ “仏極右党首「パリはイスラム教徒向け肉ばかり」”. 読売新聞. (2012年2月24日) 2012年2月25日閲覧。[リンク切れ]
参考文献 [編集]
- 本間圭一『パリの移民・外国人 欧州統合時代の共生社会』高文研
- 畑山敏夫『フランス極右の新展開―ナショナル・ポピュリズムと新右翼』国際書院
- 畑山敏夫『現代フランスの新しい右翼―ルペンの見果てぬ夢』法律文化社
- 及川健二『沸騰するフランス 暴動・極右・学生デモ・ジダンの頭突き』花伝社
書誌学 [編集]
自伝 [編集]
- À contre flots, Jacques Grancher, 2006 ISBN 2733909576 (フランス語)
外部リンク [編集]
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