2007年フランス大統領選挙(2007ねんフランスだいとうりょうせんきょ)は、フランス第五共和政における9回目のフランス大統領選挙である。2007年5月16日に任期満了するジャック・シラク大統領の後継大統領を選ぶ選挙であり、シラク大統領が不出馬を表明したため、新人候補同士で争われた。
最初の投票は2007年4月22日に行われ、その結果を受けて、上位2候補であったニコラ・サルコジとセゴレーヌ・ロワイヤルの間での決選投票が同年5月6日に行われた。この結果、ニコラ・サルコジが当選した。任期は5年間である。
日程 [編集]
出馬条件 [編集]
立候補者は正式に2007年3月20日に立候補者リストを発行する憲法制定評議会を通し、立候補する。 立候補者の条件はフランス国籍と、500名の役職者の推薦を受けていることである。推薦者リスト(フランス語では"w:fr:parrainages")は立候補が確定した時点で評議会により公表される。
候補者 [編集]
立候補者は大統領選挙出馬の意思を表明し、500名の役職者からの公式な推薦を得る可能性が高い者。以下の12名が立候補した。
現職の不出馬 [編集]
2期を満了する現職のジャック・シラク大統領は、2006年12月31日の新年の基調演説、そして詳細に渡る国際政策や5年に渡る国策の構想[1]を含む発言から、3期目の出馬に意欲的だと噂されていた。1958年のフランス国憲法には任期の制限について何ら規定はないものの、第五共和制のもと3期に渡り任期を継続した者はこれまで存在せず、動向が注目された。しかし、シラク大統領が強く支持していた欧州憲法批准が国民投票で否決された事や、2005年に一過性脳虚血発作(TIA)を発症したこと、そしてドミニク・ド・ヴィルパンとニコラ・サルコジが、シラク大統領の属するUMPにおいて高い人気を誇り、ヴィルパンをド・ゴール主義の後継者とするシラクの意向が報道されるなど、シラクの再出馬の可能性は疑問視されてきた。2006年に、一度は成立したCPE法が最大時には300万人が参加した波状的な巨大なデモとストライキによる反対運動によって撤回した責任を追及されたヴィルパンは、2007年2月に大統領選不出馬を表明し表舞台から姿を消したため、シラクは「不仲説」がささやかれていたサルコジの支持を表明した。
投票結果 [編集]
第1回投票の結果 [編集]
| 位 |
候補者名(政党名) |
得票数 |
得票率 |
| 1 |
サルコジ(国民運動連合) |
11,448,663 |
31.18% |
| 2 |
ロワイヤル(社会党) |
9,500,112 |
25.87% |
| 3 |
バイル(民主連合) |
6,820,119 |
18.57% |
| 4 |
ルペン(国民戦線) |
3,834,530 |
10.44% |
| 5 |
ブザンスノ(革命的共産主義者同盟) |
1,498,581 |
04.08% |
| 6 |
ヴィリエ(フランス運動) |
818,407 |
02.23% |
| 7 |
ビュフェ(共産党) |
707,268 |
01.93% |
| 8 |
ヴォワネ(緑の党) |
576,666 |
01.57% |
| 9 |
ラギエ(労働者の闘争) |
487,857 |
01.33% |
| 10 |
ボヴェ(無所属) |
483,008 |
01.32% |
| 11 |
ニウ(狩猟、釣り、自然、伝統) |
420,645 |
01.15% |
| 12 |
シヴァルディ(労働党) |
123,540 |
00.34% |
| 投票総数 |
37,254,242 |
83.77%(有権者比) |
| 有効投票 |
36,719,396 |
98.56%(投票総数比) |
第2回投票(決選投票)の結果 [編集]
| 位 |
候補者名(政党名) |
得票数 |
得票率 |
| 1 |
サルコジ(国民運動連合) |
18,983,138 |
53.06% |
| 2 |
ロワイヤル(社会党) |
16,790,440 |
46.94% |
| 投票総数 |
37,342,004 |
83.97%(有権者比) |
| 有効投票 |
35,773,578 |
95.80%(投票総数比) |
脚註 [編集]
関連項目 [編集]
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ウィキニュースに2007年フランス大統領選挙に関するニュースがあります。 |
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外部リンク [編集]
公式 [編集]
その他 [編集]