プッリャとカラブリアの伯爵と公爵一覧

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プッリャとカラブリアの伯爵と公爵一覧は、南イタリアの16世紀から17世紀までの統治者の一覧である。

伯国の設立者グアイマーリオ4世サレルノ公太子は、「プッリャカラブリア公」としてノルマンの家来から歓呼で迎え入れられた。 その替わりとしてグアイマーリオは、アルタヴィッラ家の家長でノルマン人傭兵隊長のグリエルモメルフィ伯に任命した。 1047年、ハインリヒ3世はグアイマーリオから公爵位を奪い、皇帝の直属であるDux et Magister Italiae Comesque Normannorum totius Apuliae et Calabriaeの称号とともに公国を率いる最初の継承者として聖別した。

プッリャ・カラブリア伯 [編集]

メルフィの会議の結果、1059年8月23日に教皇ニコラウス2世はロベルトが将来シチリアを征服することをわかっていながら、彼をプッリャ・カラブリア公に任命した。

プッリャ・カラブリア公 [編集]

1127年に公国はシチリア伯国に併合された。しばしば公爵の称号はシチリア王の後継者に与えられた。

ルッジェーロ4世が亡くなると、公爵位は空位となった。 グリエルモ2世のために称号は復活されたが、彼が早く死んだため、シチリア王タンクレーディの息子グリエルモ3世に引き継がれることとなった。

関連項目 [編集]

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