ルイ2世・ダンジュー
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ルイ2世・ダンジュー(Louis II d'Anjou, 1377年 - 1417年4月29日)は、ナポリ王ラディズラーオ1世の対立王。イタリア語名ではルイージ2世・ダンジョ(Luigi II d'Angiò)。ルイ1世・ダンジューの子で、アンジュー公、プロヴァンス伯。
父はナポリ王位を主張してカルロ3世と争ったが、ルイ2世も同じくナポリ王位を主張、1389年にアヴィニョン教皇クレメンス7世によって載冠を受け、カルロ3世の子ラディズラーオを追放してナポリを占領した。しかし、1399年にラディズラーオにナポリを奪還されてしまった。
ルイ2世はなおも諦めず、1410年にヨハネス23世を擁立、ローマを占拠したが、1413年にラディズラーオに反撃され、ナポリ王位獲得は失敗に終わった。
アラゴン王フアン1世とルイの従姉にあたる王妃ビオランテ(ヨランド)の娘ヨランド・ダラゴンとアルルで1400年に結婚した。2人の間の成人した子供は次の通り。
- ルイ3世(1403年 - 1434年)
- マリー(1404年 - 1463年) - フランス王シャルル7世の王妃。
- ルネ(1409年 - 1480年)
- ヨランド(1412年 - 1440年) - ブルターニュ公フランソワ1世と結婚。
- シャルル(1414年 - 1472年) - メーヌ伯
関連項目 [編集]
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