フェルディナンド・ピオ・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ

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カラブリア公フェルディナンド・ピオ・マリアPrincipe Ferdinando Pio Maria, Duca di Calabria, 1869年7月25日 - 1960年1月7日)は、カゼルタ伯アルフォンソとその妻マリーア・アントニエッタの長男で、両シチリア王家の家長(王位請求者)。

1934年、父アルフォンソの死によりカラブリア公位と両シチリア王位請求権を継いだ。

1960年にフェルディナンド・ピウスが死去した後、カラブリア公位は弟カルロの子アルフォンソに継がれた。一方で両シチリア王家の家長の座は、弟カストロ公ラニエーリとアルフォンソとの間で争われることとなった。

家族[編集]

フェルディナンドは1897年5月31日、バイエルン王ルートヴィヒ3世の娘マリアと結婚し、夫妻は6人の子をもうけた[1][2]


先代:
カゼルタ伯アルフォンソ
両シチリア王家家長
1934年 - 1960年
次代:
カストロ公ラニエーリ
(カストロ系)
カラブリア公アルフォンソ
(カラブリア系)
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