ブライアン・バニスター
ロイヤルズ時代(2008年)
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | アリゾナ州スコッツデール |
| 生年月日 | 1981年2月28日(32歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 210 lb =約95.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2003年 ドラフト7巡目 |
| 初出場 | MLB / 2006年4月5日 |
| 最終出場 | MLB / 2010年9月17日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ブライアン・パトリック・バニスター(Brian Patrick Bannister, 1981年2月28日 - )は、アメリカ合衆国アリゾナ州出身の元プロ野球選手(投手)。
目次 |
経歴 [編集]
2002年にボストン・レッドソックスにドラフト45巡目で指名されるが、契約せず、翌年ニューヨーク・メッツにドラフト7巡目で指名され契約。大学に入るまでは二塁手であった。
2006年4月5日、開幕2戦目の先発投手としてメジャーデビュー。デビュー戦では6回を3失点で切り抜けたが、勝敗はつかなかった。その後、4月で5試合に登板し防御率2.89の好成績を残すが、ベースの走塁中に肉離れを起こし離脱。リハビリを終えて8月25日に先発したのを最後にリリーフに転向。シーズン後にはトレードでロイヤルズへ移籍。開幕から先発ローテーションの一角を任され、12勝(9敗)の成績を残した。6月(5勝1敗、防御率2.75)と8月(4勝1敗、2.90)にはア・リーグ月間最優秀新人選手賞を受賞するなど新人王の候補となった。
2011年1月7日、読売ジャイアンツに1年契約で入団。先発ローテーション入りを期待されたが、東日本大震災直後の3月15日、原発事故への不安を理由に、球団に無断で帰国。再来日の要請にも応じなかったため、4月2日、球団の申請により帰国日付けで制限選手となった。日本プロ野球界で制限選手となったのは、横浜ベイスターズのブレント・リーチ投手に次いで2番目のケースである。同月末、当人から「いかなる場所でももう野球はやらない」と通告があり、4月26日に任意引退選手として公示された[1]。
選手としての特徴 [編集]
平均球速89mph(約143km/h)の速球とカッター、カーブ、スライダーとチェンジアップを投げ分け[2]、2007年から2009年までの与四球率2.73と安定した制球力を誇っていた。
セットポジションでの投球に課題を抱える他、例年シーズン序盤は好調を続けるが、スタミナ不足により腕の振りが鈍くなるため、中盤以降に調子を大きく落としていた[3]。
大学入学当初は二塁手としてプレーしていたこともあり、打力と守備力も高い[4]。
人物 [編集]
父親は元プロ野球選手のフロイド・バニスター。
セイバーメトリクスに詳しい選手として知られる一方[5]、大学では芸術学科を専攻し、写真を趣味としている。写真専門誌やニューヨーク・タイムズなどで作品を発表している他、アリゾナでプロ写真家用のスタジオを経営している[6]。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | NYM | 8 | 6 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | .667 | 171 | 38.0 | 34 | 4 | 22 | 2 | 2 | 19 | 2 | 0 | 18 | 18 | 4.26 | 1.47 |
| 2007 | KC | 27 | 27 | 1 | 0 | 0 | 12 | 9 | 0 | 0 | .571 | 683 | 165.0 | 156 | 15 | 44 | 1 | 6 | 77 | 4 | 0 | 76 | 71 | 3.87 | 1.21 |
| 2008 | 32 | 32 | 1 | 0 | 0 | 9 | 16 | 0 | 0 | .360 | 811 | 182.2 | 215 | 29 | 58 | 1 | 7 | 113 | 7 | 1 | 127 | 117 | 5.76 | 1.49 | |
| 2009 | 26 | 26 | 0 | 0 | 0 | 7 | 12 | 0 | 0 | .368 | 668 | 154.0 | 161 | 15 | 50 | 4 | 4 | 98 | 12 | 2 | 94 | 81 | 4.73 | 1.37 | |
| 2010 | 24 | 23 | 0 | 0 | 0 | 7 | 12 | 0 | 0 | .368 | 581 | 127.2 | 158 | 23 | 50 | 0 | 3 | 77 | 10 | 0 | 92 | 90 | 6.34 | 1.63 | |
| 通算:4年 | 117 | 114 | 2 | 0 | 0 | 37 | 50 | 0 | 0 | .425 | 2914 | 667.1 | 724 | 86 | 224 | 8 | 22 | 384 | 35 | 3 | 407 | 377 | 5.08 | 1.42 | |
- 2010年度シーズン終了時
背番号 [編集]
- 40 (2006年 - 2007年)
- 19 (2008年 - 2010年)
- 20 (2011年)
脚注 [編集]
- ^ “バニスターを任意引退に=プロ野球・巨人”. 時事通信 (2011年4月26日). 2011年4月26日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、177頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、176頁。ISBN 978-4-331-51439-9。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、174頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
- ^ 『月刊スラッガー』2009年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、27頁。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』 廣済堂出版、2009年、164頁。ISBN 978-4-331-51370-5。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube