パガン王朝

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ビルマの歴史
先史時代
驃国 (BC 100-AD 840)
モン王国 (9-11, 13-16, 18世紀 c.)
パガン王朝 (849-1287)
アヴァ (c. 1364-1555)
ペグー (-1752)
タウングー王朝 (1486-1752)
コンバウン王朝 (1753-1885)
英緬戦争 (1824-1852)
英領アラカン (1824-)
英領テナセリム (1824-1852)
英領下ビルマ (1852-1886)
英領上ビルマ (1885-1886)
イギリス統治時代 (1886-1948)
日本統治時代 (1942-1945)
独立後 (1947-1962)
第一次軍事政権 (1962-1989)
8888民主化運動 (1988)
第二次軍事政権 (1989-現在)
サフラン革命 (2007)
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パガン王朝ビルマ人最初の王朝である。首都パガン。この王朝については分かっていない点が多い。国王が55代続いたと言うことが一連の伝統的な年代記には書かれてあるが、つじつまが合わないのでこれはおおむね否定されている。現在では年代記の言う「44代目」のアノーヤター(1044年 - 1077年)が最初の王とされる。アノーヤター王は大乗仏教僧と見られる「アリー僧」と呼ばれる僧を排除し、国を上座部仏教本位に変えた。ビルマ文字の成立は彼の統治時期かそれ以降と見られる。隆盛を極めたパガン朝であったが、1253年にはビルマ北部にあった南詔王国がの手に落ちたことにより、その存在が脅かされはじめた。1277年のナラーティハパテ王の時代、元はパガンに贈った朝貢を求める使者が行方不明であることを理由に軍を派遣し威嚇攻撃した。その後もナラティーハパテ王が、元に対し従順を見せなかったため、元は1286年にイェースティムール(後の成宗)を送り翌年にナラティーハパテ王は逃亡、パガンは陥落し滅亡した。

[編集] 歴代王君主

  1. アノーヤター1044年-1077年
  2. ソウルー(1077年 - 1084年
  3. チャンシッター(1084年 - 1113年
  4. シードゥー(1113年 - 1165年
  5. エインドーシン(ナラトゥー)(1165年 - 1170年
  6. ナラティンカー(1170年 - 1173年
  7. ナラパティシードゥー(1173年 - 1210年
  8. ナンダウンミャー(オウサナー、ティーローミンロー)(1210年 - 1234年
  9. チャゾワー(1234年 - 1250年
  10. オウサナー(1250年 - 1254年
  11. タヨウピイェー(ナラティーハパテ)(1254年- 1287年
  12. チョウスワー(1287年-1299年)(パガン朝は、タヨウピイェーが元に降伏した1287年をもって事実上滅亡したが、名実共に完全な滅亡を遂げたのは、その息子であるチョウスワーが殺された1299年とも言える説もある)。

[編集] 参考書籍