ピンヤ朝
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ピンヤ朝とは1312年から1364年にかけて上ビルマに存在していたシャン族の王朝。
概要 [編集]
1277年に始まったモンゴルのビルマ侵攻以来、ビルマを支配していたパガン朝の王の権威は失墜しシャン人3兄弟が王朝の実権を握るようになっていた。3兄弟の長男、アティンカヤーがチョウスワー王を廃してツオウニ王を擁立するとこれを認めない元が再び侵攻するが、アティンカヤーはこれを撃退、ミンザイン王朝における覇権を確立した。しかし、信頼していた末弟のティーハトゥーが1309年二人の兄を暗殺し、権力を奪取。1312年にはピンヤに遷都し、ピンヤ朝をひらいた。
しかし、1315年ティーハトゥー王の末子ソーユンが父に逆らってピンヤの対岸の都市サガインで自立、サガイン朝を開いた。両王朝はエーヤワディー川を挟んで並立したが、Mogaungのシャン族によって両王朝は滅ぼされた。