ノヴォロシースク

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ノヴォロシースク
Новороссийск
ノヴォロシースクの市旗 ノヴォロシースクの市章
市旗 市章
位置
クラスノダル地方のロシア連邦における位置の位置図
クラスノダル地方のロシア連邦における位置
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ノヴォロシースクの位置(Krasnodar Krai 内)]]
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ノヴォロシースク|link=]]
ノヴォロシースク
ノヴォロシースクのクラスノダル地方における位置

ノヴォロシースクロシア語:Новороссийскナヴァラスィーイスク)は、ロシア連邦南部の都市で、クラスノダル地方にある黒海沿岸の主要港である。ノヴォロシースクは、ソビエト連邦英雄都市の称号を授けられた数少ない都市の一つである。人口:281,400人(2005年推定)、 246,900人 (2004年推定)、232,079人 ( 2002年国勢調査)。名称は、「新ロシアの町」という意味。

歴史[編集]

英雄都市ノヴォロシースクに捧げられた2ルーブルコイン

ノヴォロシースクは、黒海艦隊の基地として1838年に建設され、1722年以来その地を支配してきたトルコの要塞Sujuk-QaleすなわちSoğucakに取って代わった。1918年8月26日からデニーキン将軍の白軍の重要拠点となったが、1920年3月27日ピョートル・ヴラーンゲリ将軍の指揮によって白軍はクリミアへ撤収した。1942年には、この町はドイツ軍によって占領されたが、1943年9月16日赤軍によって解放されるまで、ソビエト水兵の小部隊が225日にわたって町の一部を死守した。ソビエト水兵による英雄的な防衛により、市の湾入部を保持し続け、そのためドイツ軍は、補給のために港を使用することができなかった。このことから、ノヴォロシースクは1973年に英雄都市の称号を授与された。

経済[編集]

Новороссийск

ノヴォロシースクは、黒海で最も快適な入り江の一つと評価される、凍ることのないツェメス湾に位置する。ノヴォロシースク港は、アジア、中東、アフリカ、地中海、南アメリカといった地域とのロシアの海上貿易に役立っている。

ノヴォロシースクは、産業都市でもあり、鋼鉄、食品そして金属製品その他の製造業に依存している。この都市には、多くの石灰岩の採石場があり、その結果、重要なセメント工場がノヴォロシースクのセメントバレー地域に存在している。

ノヴォロシースク地方は、ロシアの主要なワイン産地の一つである。近辺のアブラウにあるワイン醸造所では、ロシア国内で有名な、高品質のテーブルワインやスパークリングワインが造られている。

教育[編集]

ノヴォロシースクは、国立ノヴォロシースク海事大学ノヴォロシースク工科大学の所在地である。

交通[編集]

ノヴォロシースクは、ロシア、ザカフカース、中央アジアの主だった産業および人口の中心地へと続く、重要な鉄道や道路を有する。

ノヴォロシースク内の公共交通は、バス、トロリーバス、マルシュルートカから構成されている。

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯44度43分 東経37度46分 / 北緯44.717度 東経37.767度 / 44.717; 37.767