トルコ文学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

トルコ文学では、現在トルコ共和国の領土となっているアナトリア半島を中心に行われてきたトルコ人トルコ語およびオスマン語、さらにはペルシア語等による文学、文芸活動について述べる。

古典文学[編集]

トルコ人がアナトリアに定着したばかりの11世紀から15世紀のころは、中央アジアの伝統を引き継ぐ叙事詩などの口承文芸と、イランから受け継いだペルシア語による定型詩の二つの潮流があった。前者には、異教徒との戦いを歌った英雄叙事詩が多く、16世紀に書写されて残された「デデ・コルクトの書」が有名である。後者の代表的な詩人には、メヴレヴィー教団の開祖となる神秘主義詩人ルーミーがいるが、少し後の時代の詩人ユーヌス・エムレ英語版はあえてトルコ語によって民衆詩をうたい、トルコ語詩の芸術性を高めた。

トルコ人の小君侯国から発展しアナトリアの大半を併合したオスマン帝国が、コンスタンティノポリスを征服して首都と宮廷を発展させてくると、ペルシア詩の強い影響を受け、韻律などにペルシア詩の要素を全面的に取り入れたディーワーン文学英語版というジャンルが発展し、16世紀の大詩人バーキーフズーリーの輩出によってその黄金期を迎える。また、散文や行政文書でもイスタンブルで話されるトルコ語にアラビア語やペルシア語の語彙・語法を取り入れたオスマン語が発展し、ペルシア文学の美文調を真似た作品が数多く書かれた。有名な作品には17世紀の旅行家エヴリヤ・チェレビの旅行記があげられる。18世紀前半には堅苦しいテーマに縛られず自由に現世的な詩をうたったネディーム英語版が宮廷詩人としてもてはやされた。

近現代文学[編集]

19世紀タンジマート期に、オスマン帝国がフランスを近代化の模範としていたことからフランス語を学ぶ開明派知識人が生まれ、フランス文学の影響を受けて小説が新ジャンルとしてトルコ文学に導入された。このような運動を主導したイブラヒム・シナースィー英語版アフメト・ミドハトトルコ語版らは、小説を通じて人々を啓蒙し、近代化を訴えようとした。

20世紀に入るとナショナリズムの影響を受けてトルコ文学が興隆し、トルコ語の文語たるオスマン語に口語を取り入れ文学の簡略化・民衆化を目指す運動が盛り上がる。1923年にオスマン帝国にかわったトルコ共和国のもとではトルコ語の簡略化が進められる一方、西洋的な教育を受けたエリート知識人の中からヤークプ・カドリ・カラオスマンオール英語版、女流作家ハリデ・エディプ・アドゥヴァルらがトルコ人民族意識を人々に訴える作品を著し、現代の近代トルコ文学に繋がってゆく。一方、詩の分野では共産主義に傾倒した詩人ナーズム・ヒクメットが、大胆な自由詩を発表し、トルコ語詩に新風を吹き込んだ。

20世紀後半には、反骨的な作風で民衆の姿を描く作家ヤシャル・ケマルが評価を受け、ノーベル賞に何度もノミネートされたと言われる。その後の世代、1980年代にデビューしたオルハン・パムクは国際的評価を受け、2006年にはノーベル文学賞を受賞する初めてのトルコ人作家となった。

日本語訳された近現代トルコ文学[編集]

  • 『ヒクメット詩集』(ナーズム・ヒクメット著)飯塚書店、1961年(新読書社、2002年)
  • ナスレッディン・ホジャ物語 トルコの知恵ばなし』平凡社東洋文庫、1965年
  • 『ロマンチカ』(ナーズム・ヒクメット著)新日本出版社、1967年
  • 『トルコの村から』(マフムト・マカル著)社会思想社、1981年
  • 『イスタンブール短編集』(サイト・ファーイク著)響文社、1997年
  • 『フェルハドとシリン』(ナーズム・ヒクメット著)慧文社、2002年
  • 『デデ・コルクトの書 アナトリアの英雄物語集』平凡社東洋文庫、2003年
  • 『わたしの名は紅(あか)』(オルハン・パムク著)藤原書店、2004年
  • 『雪』(オルハン・パムク著)藤原書店、2006年
  • 『白い城』(オルハン・パムク著)藤原書店、2006年
  • 『新しい人生』(オルハン・パムク著)藤原書店、2006年
  • 『無垢の博物館』(オルハン・パムク著)早川書房、2010年