トニー・ザイラー
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 アルペンスキー | ||
| 金 | 1956 | 滑降 |
| 金 | 1956 | 回転 |
| 金 | 1956 | 大回転 |
アントン(トニー)・ザイラー(Anton("Toni") Sailer, 1935年11月17日 - )は、オーストリア・キッツビュール出身のスキー選手・俳優。
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[編集] 来歴
1956年、コルティナダンペッツォ冬季オリンピックにてアルペンスキー回転・大回転・滑降の金メダルを獲得し三冠を達成した、当時最高のスキープレーヤー。このときの回転で、日本の現IOC副会長である猪谷千春が2位(銀メダル。日本人初の冬季オリンピックメダリスト)に入賞しており、日本でも名が知られるようになる。
1959年の引退までにはアルペンスキー世界選手権でも優勝している。また、各地のスキー場・スキーコース設計、その爽やかな美男子ぶりに映画界からスカウトされ俳優に転身し、数々の映画出演や主題歌も歌いヒットするなど幅広い活躍を見せた。1985年には国際オリンピック委員会(IOC)からオリンピック活動に対しオリンピック勲章(Olympic Order)が授与されている。
日本の映画やCMに出演したことがあり、1959年(昭和34年)には、11月25日から11月30日までの6日間にわたって東京で開催されたドイツ映画祭(俳優兼監督のベルンハルト・ヴィッキ、女優のリゼロッテ・プルファー、マルギット・ニュンケ達も出席。開会式の司会は俳優の三船敏郎が務めた。)と日本映画『銀嶺の王者』(翌1960年公開)出演の為、同11月14日、午後5時10分東京国際空港(羽田空港)着のノースウエスト航空機で来日。それから約5ヶ月間滞在し、1960年4月11日午後7時30分羽田空港発の航空機で離日。ほか、1957年、1972年(札幌オリンピック)、1974年、1979年、1998年の長野オリンピックでも来日。トニー・ザイラーが設計したスキーコースは日本にもあり、シャトレーゼリゾート八ヶ岳(旧称・八ヶ岳ザイラーバレースキー場)や白山瀬女高原スキー場(石川県白山市)や安比高原スキー場(一部)がある。安比高原スキー場には、彼の名前にちなんで「ザイラーゲレンデ」というゲレンデがある。CM出演としては、1980年代末にJR西日本のスキー列車「シュプール号」の事例がある。
また、2006年(平成18年)3月にも、長野県白馬村の白馬八方尾根スキー場で開催された第60回八方尾根リーゼンスラローム大会のゲストで来日した。
[編集] 主な出演映画
(※日本公開作品のみ)
- 『ザイラーの初恋物語』 Ein Stück vom Himmel (1958年)
- 『黒い稲妻』 Der Schwarze Blitz (1958年)
- 『白銀は招くよ!』 12Mädchen und 1Mann (1959年)
- 『銀嶺の王者』 (1960年) - ※日本映画。ドイツ語での題名は「Der König der silbernen Berge」。
- 『白銀に躍る』 Kauf dir einen bunten Luftballon (1961年) - 共演は女子フィギュアスケート選手のイナ・バウアー。
- 『空から星が降ってくる』 Ein Stern fällt vom Himmel (1961年) - 共演は同じくイナ・バウアー。
- 『アイガー氷壁決死の救援』 Sein bester Freund (1962年)
- 『アルプスの若大将』 (1966年) - ※日本映画
[編集] テレビ番組
(日本放映番組のみ)
- NHK特集(1979年)
- 黒い稲妻~トニー・ザイラーのスーパースキー(1993年、NHK教育)
- アルプスをあ・そ・ぶ トニー・ザイラーと仲間たち(1994年、NHK BS-2)
- NHK&ORF(オーストリア放送協会)共同制作。猪谷千春、ヨーデル歌手の石井健雄、フランツ・ベッケンバウアーらも出演。
- オリンピック 雪と氷の伝説 黒い稲妻~トニー・ザイラー(1997年、NHK BS-1)
- 五輪対談 メダリストは永遠に 猪谷千春とトニー・ザイラー(1998年、NHK)
- 世界・わが心の旅 猪谷千春編(1998年、NHK)
[編集] 外部リンク
- トニー・ザイラー allcinema
- トニー・ザイラー - Internet Movie Database (英語)
- 世界をわかせた人と記録 - 日本オリンピック委員会(JOC)公式HPより
- 1956年冬季オリンピックの時のカラー映像(英語)

