ジョーン・オブ・ナヴァール

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ブルターニュ公未亡人ジャンヌと次男のアルテュール・ド・リッシュモン、アンリエット・ロリミエ(Henriette Lorimier)画、1806年

ジョーン・オブ・ナヴァールJoan of Navarre, 1370年? - 1437年6月10日)は、イングランド国王ヘンリー4世の王妃。ナバラ国王カルロス(シャルル)2世と王妃フアナ(ジャンヌ、フランスジャン2世の娘)の娘。兄はカルロス(シャルル)3世フランス語ジャンヌ・ド・ナヴァールJeanne de Navarre)。

最初の夫はブルターニュ公ジャン4世であった。ヘンリー・オブ・ボリンブロク(後のヘンリー4世)がリチャード2世により追放され、ブルターニュに居をかまえたとき、当時公爵夫人だった彼女を見そめたという。

1403年、亡夫との間にできた子供らをブルターニュに残し、ヘンリーと結婚した。王との間に子はできなかった。王の没後、妖術に凝ったとして、イングランド南部ペヴンジーに幽閉された。

1437年に亡くなると、カンタベリー大聖堂に眠る夫のそばに埋葬された。

子女[編集]

最初の夫ジャン4世との間に9人の子女をもうけた。

  • ジャンヌ(1387年 - 1388年)
  • 次女(名前不明、1388年)
  • ジャン5世(1389年 - 1442年) - ブルターニュ公
  • マリー(1391年 - 1446年) - 1398年、アランソン公ジャン1世と結婚
  • マルグリット(1392年 - 1428年) - 1407年、ロアン子爵アラン9世と結婚
  • アルテュール3世(1393年 - 1458年) - ブルターニュ公
  • ジル(1394年 - 1412年) - シャントセ領主
  • リシャール(1394年 - 1438年) - エタンプ伯
  • ブランシュ(1397年 - 1416年頃) - 1407年、アルマニャック伯ジャン4世と結婚