マティルド・ド・ブローニュ

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Matilda of Boulogne.jpg

マティルド・ド・ブローニュ(Mathilde de Boulogne, 1105年? - 1152年3月3日)は、ブローニュ女伯(マティルド1世、在位:1125年 - 1151年)。イングランドスティーヴンの妃。英語名はマティルダ(Matilda of Boulogne)。

ブローニュ伯ウスタシュ3世の娘としてブローニュで生まれた。母マリーはスコットランドマルカム3世と王妃マーガレットの娘で、イングランド王ヘンリー1世の王妃マティルダとは姉妹であった。つまり、マティルドはモード皇后(マティルダ)の母方の従姉妹であった(夫スティーヴンはモードの父方の従兄である)。また、父方の叔父に第1回十字軍の指導者であったゴドフロワ・ド・ブイヨンおよびエルサレム王ボードゥアン1世がいる。

1125年にブロワ伯エティエンヌ2世の息子エティエンヌ、後のイングランド王スティーヴンと結婚した。前後してウスタシュ3世が死去しており、マティルドは夫と共にブローニュ伯となった。

夫との間に3男2女をもうけた。

スティーヴン王の治世はイングランド王位を巡ってモードとの間に内戦が続いたが(無政府時代と呼ばれる)、マティルドは夫を強力に支援した。1142年には自ら傭兵隊を率いてモードの庶兄グロスター伯ロバートを捕虜とし、前年に捕虜となっていた夫を交換で取り戻す働きもしている。

1151年、内戦の終結を見届けることなく、夫に先立って死去した。

先代:
ウスタシュ3世
ブローニュ女伯
1125年 - 1151年
エティエンヌと共同統治
次代:
ウスタシュ4世