アン・オブ・ボヘミア

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アン・オブ・ボヘミア

アン・オブ・ボヘミア(Anne of Bohemia, 1366年7月11日 - 1394年6月7日)は、神聖ローマ皇帝ボヘミア王カール4世と4番目の妃エリーザベトの娘。皇帝・ハンガリー王・ボヘミア王ジギスムントの同母姉。イングランド王リチャード2世の最初の妃となった。

父の死後の1382年1月22日ウェストミンスター寺院で成婚した。仲睦まじい夫婦だったが子供をもうけないまま、アンは1394年にペストによって27歳で死去し、ウェストミンスター寺院に葬られた。

リチャード2世はその後、1397年フランス王シャルル6世の娘で当時まだ7歳のイザベラと再婚した。

彼女がチェコ語訳された聖書を持っていたことが、ジョン・ウィクリフによる英訳聖書作成の動機となった。