マティルダ・オブ・スコットランド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
マティルダ・オブ・スコットランド

マティルダ・オブ・スコットランド(Matilda of Scotland)またはイーディス・オブ・スコットランド(Edith of Scotland, 1080年頃 - 1118年5月1日)はノルマン朝イングランド王ヘンリー1世の王妃。父はスコットランドマルカム3世。母はサクソン王家のイングランド王エドマンド2世剛勇王の孫であるマーガレット

13歳のとき、父マルカム3世が戦死し、スコットランドが内乱状態になると、3人の兄(後のスコットランド王エドガーアレグザンダー1世デイヴィッド1世)や妹メアリーらとともに、母方の叔父エドガー・アシリングを頼ってイングランドへ渡った。王子たちはウィリアム2世赤髭王の宮廷に迎えられ、王女らは叔母クリスティーナが院長を務めるラムジー僧院へ預けられた。王女が尼僧になるのは珍しいことではなく、赤髭王がブルターニュ公やサリー伯との縁談を持ち込んでも断り続けた。

夫ヘンリーと知り合った経緯は定かでないが、兄ウィリアム2世の死後、長兄ノルマンディー公ロベールを出し抜き王位を手にするため、ヘンリーは「王位に就いたらアルフレッド大王の血を引くマティルダを王妃にする」と議会に確約し、承認を得た(彼女は母方を通じてアルフレッド大王の血脈に繫がっていた)。このことから、僧院時代から既に見知っていたと思われる。

長男ウィリアムと長女マティルダの2子の母となった。