マティルダ・オブ・フランダース

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マティルダ・オブ・フランダース

マティルダ・オブ・フランダース(Matilda of Flanders, 1031年 - 1083年11月2日)は、ノルマン朝イングランド王兼ノルマンディー公ウィリアム1世の王妃。父はフランドル伯ボードゥアン5世、母はフランスロベール2世の娘アデル。父方を通じてアルフレッド大王エアルフスウィスマーシアオファ玄孫)の娘エルフスリュスの血を引いていた。

ウィリアム1世と血縁関係にあったことから、ランスの教会会議でいったん婚姻の無効を宣告された。王はローマ教皇ニコラウス2世に願い出て特免状を受け、拒否から4年後の1053年にアーで正式に結婚した。その償いとして、2人はノルマンディーカーンに男女それぞれの修道院を寄進した。

マティルダは、夫ウィリアム1世のイングランド侵攻を称えるバイユーのタペストリーを発案した。1083年、夫に先立って52歳で亡くなった。

子女[編集]

ウィリアム1世との間に4男7女が生まれた。

  • ロベール2世(1054年頃 - 1134年) - ノルマンディー公
  • アデライザまたはアリス(1055年頃 - ?)
  • セシリアまたはセシリー(1056年頃 - 1126年)
  • ウィリアム2世(1056年頃 - 1100年) - イングランド王
  • リシャール(1057年 - 1081年頃) - ベルネー公。狩猟中の事故で早世した。
  • アリソン(1056年 - 1090年頃)
  • アデラ(1062年 - 1138年) - ブロワ伯エティエンヌ2世と結婚。イングランド王スティーブンの母。
  • アガサ(1064年頃 - 1080年頃)
  • コンスタンス(1066年頃 - 1090年) - ブルターニュ公アラン4世と結婚。
  • マティルダ(生没年不詳)
  • ヘンリー1世(1068年 - 1135年) - イングランド王およびノルマンディー公