マティルダ・オブ・フランダース
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マティルダ・オブ・フランダース(Matilda of Flanders, 1031年 - 1083年11月2日)は、ノルマン朝のイングランド王兼ノルマンディー公ウィリアム1世の王妃。父はフランドル伯ボードゥアン5世、母はフランス王ロベール2世の娘アデル。父方を通じてアルフレッド大王とエアルフスウィス(マーシア王オファの玄孫)の娘エルフスリュスの血を引いていた。
ウィリアム1世と血縁関係にあったことから、ランスの教会会議でいったん婚姻の無効を宣告された。王はローマ教皇ニコラウス2世に願い出て特免状を受け、拒否から4年後の1053年にアーで正式に結婚した。その償いとして、2人はノルマンディーのカーンに男女それぞれの修道院を寄進した。
マティルダは、夫ウィリアム1世のイングランド侵攻を称えるバイユーのタペストリーを発案した。1083年、夫に先立って52歳で亡くなった。
子女[編集]
ウィリアム1世との間に4男7女が生まれた。
- ロベール2世(1054年頃 - 1134年) - ノルマンディー公
- アデリザまたはアリス(1055年頃 - ?)
- セシリアまたはセシリー(1056年頃 - 1126年)
- ウィリアム2世(1056年頃 - 1100年) - イングランド王
- リシャール(1057年 - 1081年頃) - ベルネー公。狩猟中の事故で早世した。
- アリソン(1056年 - 1090年頃)
- アデラ(1062年 - 1138年) - ブロワ伯エティエンヌ2世と結婚。イングランド王スティーブンの母。
- アガサ(1064年頃 - 1080年頃)
- コンスタンス(1066年頃 - 1090年) - ブルターニュ公アラン4世と結婚。
- マティルダ(生没年不詳)
- ヘンリー1世(1068年 - 1135年) - イングランド王およびノルマンディー公