グワーダル
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| グワーダル گوادر |
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|---|---|
グワダルの海岸の上空からの光景 |
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| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | バローチスターン州 |
| 町 | グワーダル |
グワーダル(英:Gwadar、ウルドゥー:گوادر)はパキスタンバローチスターン州にある町。1797年から1958年にかけてオマーンの領土だった。日本語メディアではグワダルと表記されることもある。
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歴史[編集]
1783年にオマーン宮廷で内紛が発生し、Saiadという王族が追放された。カラート藩王国[1]のハーンがSaiadをグワーダルを領土とするスルターンとしたがSaiadはその後オマーンに帰り、1797年にオマーンの国王に即位したためグワーダルはオマーンの領土となった。これによりグワーダルはオマーンの飛地となる。
しかし1876年にグワーダルの周囲のカラート等の各王国が、1891年にはオマーンがイギリスの保護国となり英領インドの一部となる。
1947年に英領インドからパキスタンが独立したがグワーダル地域が問題となり結局、オマーンは1958年に300万英ポンドでパキスタンに売却した。[2]これによりグワーダルの飛地は解消された。
中華人民共和国による真珠の首飾り戦略の拠点の一つである。また、2013年には中国企業が、戦略的に重要なグワーダル港の管轄権をパキスタン政府より委譲されている[3]。
経済[編集]
オマーン時代は自由港だったため輸入品が安った。パキスタンからの客が多かったのもあり密輸も栄えていた。
住民[編集]
オマーンのパキスタンの二重国籍を持つ者が多いが、アフリカ系の住民もいる。宗教はイスラム教が多数を占めていて、イスマーイール派が影響力がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
- チャフ・バハール・・・イラン・ロシア・インドで開発中の軍港がある。印パ対立におけるグワーダルへの対抗の意味を持つ。
外部リンク[編集]
- Gwadar (英語)