カンゾー先生

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カンゾー先生
監督 今村昌平
脚本 今村昌平
天願大介
原作 坂口安吾「肝臓先生」
出演者 柄本明
麻生久美子
ジャック・ガンブラン
松坂慶子
世良公則
音楽 山下洋輔
栗山和樹
おくがいち明
撮影 小松原茂
武田篤
田中知二
山本亨
編集 岡安肇
製作会社 今村プロダクション
東映
東北新社
角川書店
配給 東映
公開 日本の旗 1998年10月17日
上映時間 129分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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カンゾー先生』(カンゾーせんせい)は、1998年公開の日本映画

監督は今村昌平坂口安吾の原作を、今村とその息子である天願大介が脚色した。出演は柄本明麻生久美子世良公則唐十郎松坂慶子伊武雅刀

日本が敗戦を間近に控えた岡山県を舞台に、患者を「肝臓炎」としか診断しないことから「カンゾー先生」と揶揄される医者と、彼を取り巻く人々の人生を描いた喜劇映画である。

概要[編集]

今村昌平が30年の間温めていた企画である。主人公の医者には、実際に開業医だった今村昌平の父親が投影されており、想いを込めて描いたという。カンヌ国際映画祭特別招待作品[1]

主演として当初は北村和夫に主役が打診されたが、北村は手術を受けたために無理となり、三國連太郎が起用された。しかし、撮影の1週間目ほどで自ら降板し、別の役で出演していた柄本明で撮り直されることになった。なお、緒形拳は北村和夫に頭を下げてまで主演を希望したが、今村監督に断られたという[2]。三國の降板の理由については、今村側は三國の台詞覚えが悪いため、三國側は撮影中に膝を悪くしたため、と説明が分かれている[3]

坂口の原作「肝臓先生」の舞台は伊豆伊東であるが、今村はラストで広島(らしい)原爆投下を見せるため、場所を瀬戸内に設定し直している[4]

当初の完成バージョンは3時間を越えていたが、興行上の問題から配給する東映の要請で、今村昌平は倒れそうな思いで1時間ほどカットして2時間9分に再編集され劇場公開された。今村は当初の3時間バージョンの方がはるかに面白かったとしている[5][6]

キャッチフレーズは、「人間は美しく、たくましきバクテリアなり。」。

あらすじ[編集]

1945年 (昭和20年) 、岡山で開業医を営む赤城風雨は、周辺住民で流行していた内臓病を、往診するたびにあちこちで肝臓炎と診断していた。その一辺倒な診断から「カンゾー先生」と住民から小馬鹿にされ、揶揄されつつも、肝臓炎の研究には人一倍熱心だった。その肝臓炎とした診断が周囲に信用されないなかで、彼の独自に行う肝臓炎の研究が進む。

肝臓炎原因の究明へ赤城風雨が向かう頃、看護婦として雇っていた淫売癖のある万波ソノ子が、近隣の捕虜収容所から脱走したオランダ兵のピートを、何の気なしに怪我人として赤城医院へかくまってしまう。第二次世界大戦の日本帝国軍と虚勢する日本兵と、その捕虜オランダ兵を巡って、赤城風雨の周囲の人々を巻き込み、開業医としての彼の在り方があやふやになっていく。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

受賞 / ノミネート[編集]

主な撮影地[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 今村昌平『映画は狂気の旅である 私の履歴書日本経済新聞社、2004年、po.45,198。
  2. ^ 今村昌平『撮る カンヌからヤミ市へ』工作舎、2001年、pp.84-85
  3. ^ 村松友視『今平犯科帳 今村昌平とは何者』日本放送出版協会、2003年、pp.244-245。
  4. ^ 武井昭夫『戦後史のなかの映画』スペース伽耶、2003年、p.383
  5. ^ 『映画は狂気の旅である 私の履歴書』p.152
  6. ^ 『撮る』p.84

外部リンク[編集]