かりゆしクラブ

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安里交差点にある「かりゆしクラブ」の事務所

かりゆしクラブ(旧名:琉球独立党)は、沖縄県拠点に活動し、琉球独立を訴えている政治団体。また、道州制一国二制度に賛成している。近年は首都圏でも活動している。

現在の党首は、屋良朝助

目次

[編集] 活動

  • 1968年 - 琉球独立運動開始。
  • 1970年7月 - 琉球独立党発足。崎間敏勝(大衆金融公庫元総裁)や野底武彦らが中心になって結成された。
  • 1971年 - 参議院議員選挙に崎間が出馬したが落選。翌年には沖縄返還がなったこともあって党勢が伸び悩んだ。
  • 1978年7月30日 - 「ナナサンマル」(交通制度の変更)が、実施されたが、琉球独立党がその反対運動を行う。しかしそれ以降は活動停止状態になる。
  • 2005年8月15日 - 党員の屋良朝助の働きかけにより、屋良が党首、野底が名誉党首となって活動を再開した。
  • 2006年
    • 6月24日 - 与那国町、石垣市、那覇市で独立を訴えるビラを配布。
    • 6月27日7月31日 に、東京新宿で、9月1日 には飯田橋で、琉球独立論を語る政治集会を開催する。
    • 7月17日 -那覇市で独立を訴えるビラを配布。
    • 11月 - 沖縄県知事選挙に屋良が出馬し、得票数6,220票、得票率0.93%で落選した。
    • 12月31日から年越しの街頭演説をする。
  • 2007年
  • 2008年
    • 3月3日 - 党名を「かりゆしクラブ」に変更。
    • 11月3日 - 30名程が、第一回尖閣諸島沖縄領有アピール集会・デモを行った。
    • 11月16日 - 沖縄県那覇市長選挙で、屋良が、かりゆしクラブ公認候補として立候補するも、落選した。
  • 2009年
    • 「薩摩の琉球支配から400年・日本国の琉球処分130年を問う会」が結成され、それに加わる。
    • 7月11日 - 第二回尖閣諸島沖縄領有アピールして 集会・デモを行った。
    • 11月8日 - 「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」にビラを配布し、旗を掲げ、独立をアピールした。
    • 12月31日から年越しの街頭演説。
  • 2010年
    • 1月30日 - 「普天間基地はいらない辺野古の新基地建設を許さない1・30全国集会」に参加し、自衛隊基地撤去、米軍基地撤去と共に東京で初めて、琉球独立の旗を掲げ、独立をアピールした為、注目された。
    • 4月25日 - 「普天間基地の県内移設に反対する4.25沖縄県民大会」にビラを配布し、旗を掲げ、独立をアピールした。

[編集] 政治的立場

  • イデオロギーは、中道。
  • 軍事力の必要性は、標準武装。
  • 社会体制は、資本主義。
  • 尖閣諸島の領土は、沖縄(日本)。
  • 尖閣諸島問題の解決法は、自衛隊が武力で領土保全。
  • 核兵器は、場合によって核の傘に入る。
  • 軍事連合は、場合によってする。
  • 徴兵制度は、しない。
  • 道州制になったら奄美大島は、琉球州に属する(奄美自治県)。
  • ウイグル、チベット、台湾、独立は、賛成。
  • 日本、アメリカ、中国と平等外交が理想。

[編集] 党旗

党旗として、三星天洋旗を定めている。これは同党の党旗であると共に、独立後の琉球共和国の国旗と想定している。

[編集] 外部リンク

ウェブサイト
動画

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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