文化史
文化史(ぶんかし、英語: cultural history、フランス語: histoire culturelle、ドイツ語: Kulturgeschichte)は、さまざまな時代と地域における精神・文化的な人間活動の研究と、その記述である。
概要
[編集]文化史の要素は、家族、言語、習俗、宗教、芸術そして科学などであり、「日常という素材」をも含む幅広い素材に基づいて叙述される。直接的には政治史または国家の歴史には関わらず、年代も政治史ほどの重要性をもたない[要出典]。
文化史の概念は18世紀に遡り、「人類の絶えざる文化的な発展」という啓蒙主義(ヴォルテール)の信念に基づく[要出典]。 ドイツのロマン主義(ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー)においては、「あらゆる慣習的な活動」を文化史の一部として見て、その中に国民精神の表現を認めた。とりわけ20世紀においては、アーノルド・J・トインビーとオスヴァルト・シュペングラーを代表とするような文化哲学により、自らの認識を諸民族の比較文化史から発達させた。中でもアルフレッド・ヴェーバーは、精神史の方向で文化史を発達させ、文化社会学を確立した。「世紀末ウィーン」を代表するディレッタント[注 1]のひとりエゴン・フリーデルも、浩瀚な『近代文化史』を著している。
歴史学の中の文化史
[編集]文化史の概念のもとには、歴史学の非常にさまざまな分野が含まれる。 歴史家によっては、「文化史」のもとに一般に政治史に含まれないような事象を研究対象として考える。一方、最近は、特定の対象に限定しない文化史概念が、何人かの歴史家によって主張されている[要出典]。
文化史の視点では、「政治や法律の制度は、合理的な構造による客観的所与ではなく、ある種の要求とその受容、またはそれに対する拒絶が凝縮されたもの」として捉える[要出典]。コミュニケーションは、そのときに記号の交換として理解される。そしてそのため特に熟考された記号(すなわちシンボル、儀式または典礼など)に対する論究が、「新しい文化史」にとっては際立った役割を果たしている[要出典]。
日本史学史における文化史
[編集]科学的な日本史研究は、東京帝国大学にお雇い外国人のリースが来たことから始まる。リースは近代歴史学の父と言われるランケの弟子であり、その歴史学は実証主義を重んじるものであった。以後、東京大学の学風は「実証史学」と称された。
一方、日本で二つ目の史学科が開設された京都帝国大学では、東京帝国大学に対抗する形で異なる学風を作り出す土壌があった。設立時は東京帝国大学卒の内田銀蔵や法制史に篤い三浦周行が教授を務めていたが、やがて彼らの元で京都帝国大学に「文化史学」の学風を生み出したのが西田直二郎と中村直勝である。西田は精神史的、中村は社会史的の学風を以って、京都帝国大学で文化史の歴史学分野の確立に大きく寄与した。しかし、両名は戦後に公職追放に遭い、西田の直系の石田一良が同志社大学に、中村の直系の林屋辰三郎が立命館大学の教授に着任する一方で、京都大学の専任教授には、小葉田淳と赤松俊秀といった文化史学の学風を持たない人選が行われた。その結果、特に中世史においてマルクス主義歴史学の牙城となって以降[要出典]、文化史学の学風は忘れ去られていった。こうして立命館や同志社が文化史研究の中心地となった一方で、京都大学に文化史の学風は残らなかった。
新しい文化史
[編集]「新しい文化史」は、まだ新しい歴史学の領域で、20世紀後半の1980年代および1990年代に発達した。その主題は、語の最も広い意味での過去の文化であり、芸術、音楽と文学だけに限らない[要出典]。要するに、文化史的な視線をすべての可能な対象に向けることが、「新しい文化史」の関心事である。ここでは「伝統的な文化史記述が明らかに遠ざけてきた対象を研究する」という主張がされている[要出典]。すなわち、政治と法である。政治的なものと法的なものの文化史的分析の中心に、コミュニケーションのプロセスがおかれるのである。
「政治史、社会史、そして経済史のような伝統的な学問では、過去は本当に理解できない」という一部の歴史家の洞察は、固定した構造史から「文化論的転回」 (cultural turn) へ、文化へのまなざしへと導いていった[要出典]。「新しい文化史」はフランス流の社会史(アナール学派)から発達して、人類学、民俗学、心性史(インテレクチュアル・ヒストリー)、日常史、ミクロな歴史とジェンダー史といったものに強く影響された[要出典]。
「新しい文化史」の主な代表は、90年代はナタリー・デーヴィス、カルロ・ギンズブルク、ロバート・ダーントンといった心性史の研究者やアナール学派のロジェ・シャルチエなどが主導し、2000年代以降 ピーター・バークが積極的に「新しい文化史」の領域を開拓し続けている[要出典]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- Peter Burke, What is Cultural History? (Cambridge: Polity Press, 2004)
- Georg Schwarz, Kulturexperimente im Altertum (Berlin 2010)
関連文献
[編集]- 家永三郎『日本文化史』岩波書店〈岩波新書〉、1959年(第2版、1982年。ISBN 400420187X)
- 橘西路『音楽の文化史:音楽の起源』角川書店〈角川新書150〉、1961年。
- 武藤誠『日本文化史:美術と歴史』創元社、1961年。
- 邦正美『舞踊の文化史』岩波書店〈岩波新書〉、1968年。
- 斎藤正二『「やまとだましい」の文化史』講談社〈講談社現代新書269〉、1972年(『斎藤正二著作選集6』八坂書房、2001年。ISBN 489694786X)
- 大塚滋『食の文化史』中央公論社〈中公新書417〉、1975年(吉川弘文館〈読みなおす日本史〉、2021年。ISBN 9784642071611)
- 佐藤正『農の文化史:古老に学ぶ』たいまつ社〈たいまつ新書7〉、1976年。
- 村井康彦『茶の文化史』岩波書店〈岩波新書〉、1979年。ISBN 400420089X
- 只木良也『森の文化史』講談社〈講談社現代新書612〉、1981年。ISBN 4061456121
- 端信行『サバンナの農民:アフリカ文化史への序章』中央公論社〈中公新書629〉、1981年。
- 加藤秀俊『生活リズムの文化史』講談社〈講談社現代新書647〉、1982年。ISBN 4061456474
- 中尾佐助『花と木の文化史』岩波書店〈岩波新書〉、1986年。ISBN 4004203570
- 笠井昌昭『日本文化史:彫刻的世界から絵画的世界へ』ぺりかん社、1987年(新装版、1988年)
- 佐伯順子『遊女の文化史:ハレの女たち』中央公論社〈中公新書853〉、1987年。ISBN 4121008537
- 三杉隆敏『やきもの文化史:景徳鎮から海のシルクロードへ』岩波書店〈岩波新書〉、1989年。ISBN 4004300835
- 石田一良『日本文化史:日本の心と形』東海大学出版会、1989年。ISBN 4486010256
- 本城靖久『馬車の文化史』講談社〈講談社現代新書1140〉、1993年。ISBN 4061491407
- 張競『中華料理の文化史』筑摩書房〈ちくま新書124〉、1997年。ISBN 4480057242
- 山本浩『フットボールの文化史』筑摩書房〈ちくま新書153〉、1998年。ISBN 4480057536
- 竺沙雅章『宋元佛教文化史研究』汲古書院〈汲古叢書25〉、2000年。ISBN 4762925241
- 福田眞人『結核という文化:病の比較文化史』中央公論新社〈中公新書1615〉、2001年。ISBN 4121016157
- 高橋庸一郎『匂いの文化史的研究:日本と中国の文学に見る』和泉書院〈阪南大学叢書65〉、2002年。ISBN 4757601395
- 大島正二『漢字と中国人:文化史をよみとく』岩波書店〈岩波新書〉、2003年。ISBN 4004308224
- 加藤幹郎『映画館と観客の文化史』中央公論新社〈中公新書1854〉、2006年。ISBN 4121018540
- 市川桃子『中國古典詩における植物描寫の研究:蓮の文化史』汲古書院、2007年。ISBN 9784762928086
- 谷晃『茶人たちの日本文化史』講談社〈講談社現代新書1878〉、2007年。ISBN 9784061498785
- 加藤耕一『「幽霊屋敷」の文化史』講談社〈講談社現代新書1991〉、2009年。ISBN 9784062879910
- 四柳嘉章『漆の文化史』岩波書店〈岩波新書〉、2009年。ISBN 9784004312239
- 須田鷹雄『いい日、旅打ち。:公営ギャンブル行脚の文化史』中央公論新社〈中公新書ラクレ334〉、2009年。ISBN 9784121503343
- 河添房江『唐物の文化史:舶来品からみた日本』岩波書店〈岩波新書〉、2014年。ISBN 9784004314776
- 川村邦光『弔いの文化史:日本人の鎮魂の形』中央公論新社〈中公新書2334〉、2015年。ISBN 9784121023346
- 杜こなて『「君が代」日本文化史から読み解く』平凡社〈平凡社新書762〉、2015年。ISBN 9784582857627
- 坂元ひろ子『中国近代の思想文化史』岩波書店〈岩波新書〉、2016年。ISBN 9784004316077
- 鈴木貞美『日記で読む日本文化史』平凡社〈平凡社新書825〉、2016年。ISBN 9784582858259
- 上田信『死体は誰のものか:比較文化史の視点から』筑摩書房〈ちくま新書1410〉、2019年。ISBN 9784480072245
- 速水香織『近世前期江戸出版文化史』文学通信、2020年。ISBN 9784909658241
- 福間良明『「勤労青年」の教養文化史』岩波書店〈岩波新書〉、2020年。ISBN 9784004318323
- 木場貴俊『怪異をつくる:日本近世怪異文化史』文学通信、2020年。ISBN 9784909658227
- 倉橋正恵『江戸歌舞伎の情報文化史』汲古書院、2021年。ISBN 9784762936562
- 高山正也『図書館の日本文化史』筑摩書房〈ちくま新書1682〉、2022年。ISBN 9784480075086