光岡自動車
種類 | 株式会社 |
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市場情報 | 非上場 |
略称 | 光岡 |
本社所在地 |
日本 〒939-8212 富山県富山市掛尾町508番地3 |
設立 | 1979年(昭和54年)11月 |
業種 | 輸送用機器 |
法人番号 | 8230001003153 |
事業内容 |
開発車事業 正規新車ディーラー事業 中古車事業 |
代表者 | 光岡章夫(代表取締役社長) |
資本金 | 1億円 |
売上高 |
231億円 (2017年度12月期:国内グループ実績) |
純利益 | 3億8800万6000円(2019年12月31日時点)[1] |
総資産 | 121億8650万6000円(2019年12月31日時点)[1] |
従業員数 |
426名 (2018年度12月末:国内グループ全体) |
主要部門 | 正規輸入車ディーラー事業 |
主要子会社 |
株式会社ファーレン富山 ミツオカモータースアメリカInc. |
外部リンク | https://www.mitsuoka-motor.com/ |
株式会社光岡自動車(みつおかじどうしゃ、英語:Mitsuoka Motor Co., Ltd.)は、富山県富山市に本社を置く日本の自動車メーカー・中古車ディーラー・輸入車ディーラーである。
概要
創業は1968年(昭和43年)2月[2]。創業者の光岡進(みつおか・すすむ、1939年〈昭和14年〉 -)は富山日産自動車を経て富山日野自動車のディーラー勤務だったが[2]、1966年(昭和41年)に日野自動車がトヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)との業務提携により商用車専業となり、乗用車担当だった進は接待漬けの商用車販売が肌に合わず不本意ながら退職・独立を決意する。
創業当初は市内の馬小屋を借り受けて板金塗装・整備を生業としていたが、「中古車を価格の安価な他地域から仕入れてきて販売する」現在の中古車販売業のさきがけとなるビジネスモデルを展開し、BUBU(ブブ)という店舗名称を用い全国展開するまでに事業を成長させていった。その後、社長の自動車への思いが昂じて1979年(昭和54年)に法人化[2]、開発部を設置。1982年(昭和57年)2月には50 ccエンジンを搭載して自動二輪免許・原付免許で運転が可能なゼロハンカー「BUBUシャトル」を発表した。そして、同じ富山県富山市にあるタケオカ自動車工芸に開発を依頼してBUBUシャトル50を販売。その後、ゼロハンカーシリーズを展開していく。
1985年(昭和60年)の新道路交通法の施行によってゼロハンカーを自動二輪免許・原付免許で運転できなくなったのを機に製造工場を閉鎖し[2]、一切の在庫を専門学校に寄付するなどして処分。
ほどなくしてアメリカ車の並行輸入販売を開始、視察で訪れたロサンゼルスで見かけたレプリカカーに興味を持ち、フォルクスワーゲン・タイプ1をベースとした1台を日本に持ち帰る。これを公道で走らせるべくパイクカーの開発を開始。これがタイプ1の改造車として認可され、1987年(昭和62年)に「光岡・BUBUクラシックSSK」を発表。この改造ノウハウが後の「ラ・セード」「ビュート」「ガリュー」などに繋がる。
1994年(平成6年)には、「ニア・セブン」などと呼ばれるロータス・スーパーセブンを模したオリジナル車「ゼロワン」を発表、これが組立車として認可され、その後に型式指定を受けたことにより、光岡自動車は10番目の国産自動車メーカーとして認められることとなる[2]。並行してパイクカーの販売も継続展開、「優雅」(ユーガ)、「凌駕」(リョーガ)、「我流」(ガリュー)など、独特のスタイリングを持った和名の車を続々と発表していく。
2001年(平成13年)、参加基準が緩和された東京モーターショーへ初出展。ショーカー(デザインスタディ)扱いで大蛇(オロチ)を発表したところ、独特のデザインが注目を浴び、少ないながらも要望を受けたことが後の市販化に繋がる。
2年後となる2003年(平成15年)、商用車ショーも含めて3回目となる東京モーターショーには、大蛇のロードゴーイングバージョンと、新型ミドルクラスセダン「ヌエラ」、そして「ゼロワン・コンセプト」を出展。オロチのエンジンは(要望していたV6エンジンが排ガス規制強化に対応できないことなどから)ホンダからの供給が受けられなかったため、トヨタ製となった。2005年(平成17年)の東京モーターショーではオープンカー版「オロチ・ヌードトップロードスター」を発表している。
現在製造している車は、ベースとなる車両の設定によりAT仕様が中心だが、2008年(平成20年)に投入された「ガリュー2-04」、および「ヌエラ6-02セダン/ワゴン」、2014年(平成26年)に投入された「リューギ(セダン)」、2016年(平成28年)に投入された「リューギワゴン」にはそれぞれMT仕様が存在する(ベース車のカローラアクシオとカローラフィールダーの各2WD車にそれぞれ設定あり)ほか、市場流通している中古車を光岡が改造したためMT車となったケースもある(アコードユーロRの中古車をベースとしてヌエラを製造したケース)。
また、自社の製造販売以外に、新車・直輸入車・中古車の販売を行うBUBUグループの経営も行っている。このルートを通し、2000年(平成12年)にはロンドンタクシーインターナショナル社の総輸入元となっており、さらに2004年(平成16年)にはマレーシアのTDカーズ製MGレプリカカーの輸入も行っている。
部門別売上比は
- 開発車事業:7 %
- 正規輸入車ディーラー事業:54 %
- ブブ中古車事業:39 %
となっている。
2011年(平成23年)に三輪EV雷駆-T3の実証試験を実施。2012年(平成24年)販売開始。
2012年(平成24年)3月28日 - 4月8日まで開催された第33回バンコク・インターナショナル・モーターショーで16台を受注した。
グループ会社
- (株)北海道ブブ:北海道で各種輸入車の正規ディーラーを運営。2011年に光岡自動車より分離独立。光岡自動車とは別資本となっている。
- (株)M.I.D.:北海道ブブのグループ会社。首都圏で各種輸入車の正規ディーラーを運営
- (株)ファーレン富山:富山・岐阜でフォルクスワーゲン・アウディの正規ディーラーを運営
- ミツオカモータースアメリカInc.
- ミツオカモータータイランドCo.,Ltd.
- ミツオカモーターセールスタイランドCo.,Ltd.
拠点(グループ)
北海道、宮城、栃木、群馬、千葉、埼玉、東京、神奈川、愛知、富山、大阪、兵庫、福岡、米国(ロサンゼルス)、タイ(バンコク)
キットカー
光岡では「キットカー」と呼ばれる、自分で組み立てる50ccクラスの小型車の開発も手がけていたが、販売については、会長の光岡進と社長の光岡章夫(みつおか・あきお、1951年-)との間で意見の相違があった。章夫は利益の上がらないキットカーの販売は取りやめるべきとしていた一方、会長の進はキットカーこそが光岡自動車の創業の意義であるとし継続を主張していたが、結局進のほうが折れた。
その後50ccのキットカー「K-3」を100台だけ限定生産し、2006年11月にキットカー「K-4」の受注を開始、限定220台で発売、この「K-4」を最後に光岡自動車はミニカーから撤退した。
車種一覧
現行モデル
車種 | 初登場年 | 現行型 | 備考 | ||
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発表 | マイナーチェンジ | ||||
セダン | |||||
Ryugi |
リューギ(流儀) | 2014年 | 2014年6月25日 | 2019年11月14日 | トヨタ・カローラアクシオがベース |
Viewt |
ビュート(美遊人) | 1993年 | 2012年5月23日(3代目) | 2020年10月22日 | 日産・マーチがベース |
クーペ/コンバーチブル | |||||
Himiko |
ヒミコ(卑弥呼) | 2008年 | 2018年2月22日(2代目) | マツダ・ロードスターがベース | |
Rock Star |
ロックスター[3] | 2018年 | 2018年10月9日 | マツダ・ロードスターがベース | |
ハッチバック/ステーションワゴン | |||||
Viewt nadeshiko |
ビュート なでしこ | 2015年 (1993年) |
2015年7月16日 | 2020年10月22日 | ビュートのハッチバック版 日産・マーチがベース |
Ryugi WAGON |
リューギ ワゴン | 2016年 (2014年) |
2016年1月20日 | 2019年11月14日 | リューギのステーションワゴン版 トヨタ・カローラフィールダーがベース |
SUV/クロスオーバーSUV | |||||
Buddy |
バディ | 2020年 | 2020年10月26日 | トヨタ・RAV4がベース |
認定中古車モデル
- ヒミコ(初代)(2008年 - 2018年)
- ビュート(3代目)(2012年 - )
- リューギ(2014年 - )
- ビュート なでしこ(2015年 - )
- ガリュー(5代目)(2015年 - 2020年)
- リューギ ワゴン(2016年 - )
生産・販売終了モデル
- ミニカー
- BUBU301,BUBUシャトル50,BUBU501,BUBU502,BUBU503,BUBU504,BUBU505-C,BOY,LIME
- マイクロカー : K-1(MC-1),K-2,K-3,マイクロタイプF,K-4,ME-1,CONVOY 88
- BUBUクラシックSSK(フォルクスワーゲン・ビートル)(1987年 - 1989年)
- BUBU356スピードスター(1989年 - 1990年)
- ラ・セード(日産・シルビア)(1990年 - 2006年)
- ドゥーラ(フォード・マスタング)(1991年 - 1993年)
- ゼロワン(1994年 - 2000年)
- レイ(麗)(マツダ・キャロル/スズキ・アルト/ダイハツ・ミラジーノ)(1996年 - 2004年)
- リョーガ(凌駕)(日産・プリメーラ/日産・サニー)(1998年 - 2004年)
- ガリューII(日産・グロリア)(1999年 - 2004年)
- ユーガ(優雅)(日産・キューブ)(2000年 - 2001年)
- メイクアップビュート(日産・マーチ)(2003年)
- ヌエラ(ホンダ・アコード)(2004年 - 2008年)
- オロチ(大蛇)(2007年 - 2014年)
- ガリューコンバーチブル(フォード・マスタング)(2007年 - 2016年)
- ガリュークラシック/ガリュー2-04(トヨタ・カローラアクシオ)(2008年 - 2012年)
- ヌエラ6-02セダン/ワゴン(トヨタ・カローラアクシオ/トヨタ・カローラフィールダー)(2008年 - 2012年)
- ヒミコ(初代)(マツダ・ロードスター)(2008年 - 2018年)
- キュート(日産・マーチ)(2009年 - 2013年)
- ガリュー(4代目)(日産・ティアナ)(2010年 - 2014年)
- ビュートSAKURA(日産・マーチ)(2011年)
- リューギYAMATO(トヨタ・カローラアクシオ)(2015年 - 2016年)
- ガリュー(5代目)(日産・ティアナ)(2015年 - 2020年)
輸入車
特販課
- おくりぐるま(婚礼)
- ガリューコンバーチブル(フォード・マスタング)(2007年 - 2016年)
- ガリューリムジンS50(日産・フーガ)(2008年)
- おくりぐるま(葬祭)
- 霊柩車
- ミツオカリムジンタイプV(日産・フーガ) - 日本の自動車メーカーで初めてのオリジナル霊柩車として2015年に発売開始[4]。
- ミツオカリムジン type2-04(トヨタ・カローラフィールダー)
- リューギセンターストレッチリムジン(トヨタ・カローラフィールダー)
- 搬送車・湯灌車
- 洋型ハース(洋型霊柩車)・送迎用リムジン
- クライスラー300Cハース洋型霊柩車
- リンカーンファミリーハース洋型霊柩車
- キャデラックDTSハース洋型霊柩車
- リンカーン・リムジン送迎専用車両
- トヨタヴェルファイアグランドリムジン[5]
- フュージョン(アルファード・ヴェルファイア・エスティマベース)
- 霊柩車
- しごとぐるま(特注車)
- 完全オーダーメイド制。公式サイトには参考として「園内送迎用車輌」、「移動ショールーム車輌」が掲載されている。
電気自動車
脚注
- ^ a b 株式会社光岡自動車 第41期決算公告
- ^ a b c d e “日本自動車界の「曲者」 光岡自動車はなぜ半世紀輝き続けているのか?”. ベストカーWeb (2019年2月3日). 2020年1月24日閲覧。
- ^ うぉぉマジで「U.S.A.」! 光岡さんすげぇ、古き良きアメ車風の“新型車”「ロックスター」を発売(ねとらぼ交通課) - ITmedia 2018年10月10日。
- ^ “光岡が霊柩車に力を入れるワケ 自動車メーカーで唯一製造、海外展開も その強みとは(乗りものニュース)”. メディア・ヴァーグ. (2018年9月17日) 2020年1月24日閲覧。
- ^ “霊柩車もミニバンの時代?出棺で映える迫力 光岡自動車”. 朝日新聞デジタル. (2016年8月29日) 2020年1月24日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 株式会社光岡自動車
- 光岡自動車 (@mitsuokamotorjp) - X(旧Twitter)