鹿児島郡

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鹿児島県鹿児島郡の位置(水色:後に他郡から編入した区域)

鹿児島郡(かごしまぐん)は、鹿児島県薩摩国)の

人口1,146人、面積132.53km²、人口密度8.65人/km²。(2021年11月1日、推計人口

以下の2村を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、鹿児島市の大部分(魚見町・小原町・上福元町・希望ケ丘町・皇徳寺台・五ケ別府町・小松原・桜ケ丘一 - 六丁目・自由ケ丘・清和・中山・中山町・東開町・東谷山・星ヶ峯・山田町・卸本町・錦江台・坂之上・慈眼寺町・下福元町・谷山港・谷山中央・七ツ島・南栄・西谷山・光山・平川町・和田・有屋田町・川田町・花尾町・郡山岳町・郡山町・西俣町・東俣町・油須木町・石谷町・入佐町・上谷口町・松陽台町・直木町・春山町・平田町・福山町・四元町・喜入町・喜入瀬々串町・喜入中名町・喜入生見町・喜入一倉町・喜入前之浜町・桜島赤水町・桜島赤生原町・桜島小池町・桜島白浜町・桜島武町・桜島西道町・桜島藤野町・桜島二俣町・桜島松浦町・桜島横山町・新島町有村町・黒神町・高免町・野尻町・東桜島町・古里町・持木町[1]を除く)にあたる。但し、現在の鹿児島市本城町・本名町・宮之浦町・西佐多町・東佐多町・牟礼岡一丁目・牟礼岡二丁目・牟礼岡三丁目[2]に相当する部分は戦国時代まで大隅国に属していた。

歴史

古くは麑嶋とも表記された。江戸期の本郡域は薩摩藩の直轄領であり、鹿児島城下及び近在には外城(後の郷)は置かれなかったが、吉田郷のみが外城として設置されていた。

近世以降の沿革

  • 明治初年時点では全域が薩摩鹿児島藩領であった。天保郷帳及び「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での村は以下の通り[3]。全域が現・鹿児島市。(28村)
    • 近在 - 吉野村、坂元村、川上村、花棚村、岡之原村、花野村、上伊敷村、下伊敷村、小山田村、比志島村、小野村、犬迫村、永吉村、原良村、草牟田村、中村、郡元村、西別府村、武村、田上村、荒田村、西田村、塩屋村
    • 吉田郷 - 東佐多浦村、西佐多浦村、本城村、宮之浦村、本名村
  • 明治初年 - 比志島村の一部が分立して皆房村となる。(29村)
  • 明治4年(1871年) - 谿山郡宇宿村(谷山郷)の所属郡が本郡に変更し、鹿児島近在に所属。(30村)
  • 明治4年(1871年) - 花棚村が川上村に、花野村が岡之原村に、草牟田村が下伊敷村に、原良村が永吉村にそれぞれ合併。(26村)
  • 明治4年7月14日1871年8月29日) - 廃藩置県により鹿児島県の管轄となる。
  • 明治12年(1879年2月17日 - 郡区町村編制法の鹿児島県での施行により、行政区画としての鹿児島郡が発足。「鹿児島郡役所」が管轄。
  • 明治12年(1879年) - 荒田村の一部が分立して下荒田町となる。(1町26村)
  • 明治14年(1881年) - 坂元村の一部が分立して下田村となる。(1町27村)

町村制以降の沿革

1.西武田村 2.中郡宇村 3.伊敷村 4.吉野村 5.吉田村 11.谷山村 21.西桜島村 22.東桜島村(紫:鹿児島市 *:発足時の鹿児島市)
  • 明治22年(1889年4月1日
    • 市制の施行により、旧鹿児島城下46町[4]・下荒田町・荒田村・西田村・塩屋村の区域をもって鹿児島市が発足し、郡より離脱。
    • 町村制の施行により、残部に以下の各村が発足。(5村)
      • 西武田村 ← 西別府村、武村、田上村
      • 中郡宇村 ← 中村、郡元村、宇宿村
      • 伊敷村 ← 上伊敷村、下伊敷村、犬迫村、小山田村、比志島村、皆房村、小野村、永吉村
      • 吉野村 ← 吉野村、坂元村、下田村、川上村、岡之原村
      • 吉田村[5] ← 東佐多浦村、西佐多浦村、本城村、宮之浦村、本名村
  • 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制の施行のため、「鹿児島郡役所」が管轄する鹿児島郡・谿山郡北大隅郡の区域をもって、改めて鹿児島郡が発足[6]。以下の町村が本郡の所属となる。(8村)
  • 明治31年(1897年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治44年(1911年9月30日 - 伊敷村大字下伊敷の一部(旧草牟田村域)及び西武田村大字(本体の大部分及び現在の高麗町天保山町の一部にあたる飛び地部分)を鹿児島市に編入し、鹿児島市大字荒田の一部を西武田村大字田上に編入。
  • 大正9年(1920年10月1日 - 伊敷村大字永吉及び大字下伊敷の一部(字紙屋谷)が鹿児島市に編入。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正13年(1924年9月1日 - 谷山村が町制施行して谷山町となる。(1町7村)
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和9年(1934年8月1日 - 西武田村・中郡宇村・吉野村が鹿児島市に編入。(1町4村)
  • 昭和25年(1950年)10月1日 - 伊敷村・東桜島村が鹿児島市に編入。(1町2村)
  • 昭和33年(1958年)10月1日 - 谷山町が市制施行して谷山市となり、郡より離脱。(2村)
  • 昭和47年(1972年11月1日 - 吉田村が町制施行して吉田町となる。(1町1村)
  • 昭和48年(1973年
  • 平成16年(2004年)11月1日 - 吉田町・桜島町が鹿児島市に編入。(2村)

変遷表

自治体の変遷
旧郡 明治22年4月1日 明治22年 - 明治45年 大正1年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和39年 昭和40年 - 昭和63年 平成1年 - 現在 現在
鹿児島郡 吉田村 吉田村 吉田村 吉田村 昭和47年11月1日
町制 吉田町
平成16年11月1日
鹿児島市に編入
鹿児島市
北大隅郡 北大隅郡
西桜島村
明治30年4月1日
編入 西桜島村
西桜島村 西桜島村 昭和48年5月1日
町制 桜島町
北大隅郡
東桜島村
明治30年4月1日
編入 東桜島村
東桜島村 昭和25年10月1日
鹿児島市に編入
昭和42年4月29日
鹿児島市
鹿児島市
鹿児島郡 伊敷村 伊敷村 伊敷村
鹿児島市 鹿児島市 鹿児島市 鹿児島市
吉野村 吉野村 昭和9年8月1日
鹿児島市に編入
西武田村 西武田村
中郡宇村 中郡宇村
谿山郡 谿山郡
谷山村
明治30年4月1日
編入 谷山村
大正13年9月1日
町制 谷山町
昭和33年10月1日
市制 谷山市
川辺郡 (町村制未施行) 明治41年4月1日
島嶼町村制施行)
大島郡
十島村
大正9年
(島嶼指定解除)
大島郡
十島村
昭和27年2月10日
大島郡
十島村
昭和48年4月1日
編入 十島村
十島村 十島村
昭和27年2月10日
大島郡
三島村
昭和48年4月1日
編入 三島村
三島村 三島村

行政

歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治30年(1897年)4月1日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 谷山地域・郡山地域・松元地域・喜入地域・桜島地域
  2. ^ 吉田地域
  3. ^ 郷については「角川日本地名大辞典」による。
  4. ^ この時点では山下町、平之馬場町、新照院通町、長田町、冷水通町、上龍尾町、下龍尾町、池之上町、鼓川町、稲荷馬場町、清水馬場町、春日小路町、車町、恵美須町、小川町、和泉屋町、浜町、向江町、栄町、柳町、易居町、中町、金生町、東千石馬場町、西千石馬場町、汐見町、泉町、築町、生産町、六日町、新町、松原通町、船津町、呉服町、大黒町、堀江町、住吉町、新屋敷通町、加治屋町、山之口馬場町、樋之口通町、薬師馬場町、鷹師馬場町、西田町、上之園通町、高麗町が存在。
  5. ^ 吉田郷と同一区域。
  6. ^ 鹿兒島縣下國界竝郡界變更及郡廢置法律(明治29年法律第55号、Wikisource-logo.svg 原文

参考文献

  • 角川日本地名大辞典』46 鹿児島県、「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1983年3月1日。ISBN 404001460X
  • 旧高旧領取調帳データベース

外部リンク

先代:
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行政区の変遷
- 1897年 (第1次)
次代:
鹿児島郡(第2次)
先代:
薩摩国鹿児島郡(第1次)・谿山郡大隅国北大隅郡および薩摩国給黎郡の一部
行政区の変遷
1897年 - (第2次・統合後)
次代:
(現存)