曽於郡

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鹿児島県肝属郡の位置(緑:大崎町 桃:第1次のみ所属 薄緑・水色:第2次のみ所属)

曽於郡(そおぐん)は、鹿児島県大隅国)の

人口13,144人、面積100.67km²、人口密度131人/km²。(2015年5月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

囎唹郡(第1次)[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

  • 鹿屋市の一部(輝北町諏訪原・輝北町市成)
  • 曽於市の大部分(大隅町月野・大隅町荒谷を除く)
  • 霧島市の一部(国分各町・霧島各町・福山町各町・隼人町真孝・隼人町住吉・隼人町野久美田・隼人町小浜・隼人町小田・隼人町内山田・隼人町見次・隼人町内)

囎唹郡(第2次)・曽於郡[編集]

1897年(明治30年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、下記の区域にあたる。

  • 鹿屋市の一部(輝北町諏訪原・輝北町市成)
  • 曽於市の全域
  • 志布志市の全域

歴史[編集]

713年の大隅国設置当初から存在した4郡のひとつである。元々は囎唹郡と表記した。

古代[編集]

式内社[編集]

延喜式神名帳に記される郡内の式内社

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
曽於郡 3座(並小)
大穴持神社 大穴持神社 鹿児島県霧島市国分広瀬
宮浦神社 ミヤウラノ 宮浦宮 鹿児島県霧島市福山町福山
韓国宇豆峯神社 カラクニノ- 韓国宇豆峯神社 鹿児島県霧島市国分上井
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囎唹郡(第1次)[編集]

所属町村の変遷は東囎唹郡#郡発足までの沿革西囎唹郡#郡発足までの沿革をそれぞれ参照
  • 旧高旧領取調帳」の記載によると、明治初年時点では全域が薩摩鹿児島藩領であった[1]。(53村)
    • 後の東囎唹郡域(4郷余・15村) - 恒吉郷、市成郷、末吉郷、岩川郷および財部郷の一部
    • 後の西囎唹郡域(5郷余・38村) - 敷根郷、福山郷、国分郷、清水郷、東襲山郷および牛根郷の一部
  • 明治4年7月14日1871年8月29日) - 廃藩置県により鹿児島県の管轄となる。
  • 明治5年(1871年) - 日向国諸県郡下財部村(財部郷)の所属郡が本郡に変更。(54村)
  • 明治12年(1879年2月17日 - 郡区町村編制法の鹿児島県での施行により、行政区画としての囎唹郡(第1次)が発足。「加治木郡役所」が管轄。
  • 明治20年(1887年5月9日 - 囎唹郡のうち上記5郷の区域をもって東囎唹郡が、上記5郷余の区域をもって西囎唹郡がそれぞれ発足[2]。同日囎唹郡(第1次)廃止。

囎唹郡(第2次)・曽於郡[編集]

1.財部村 2.末吉村 3.市成村 4.岩川村 5.恒吉村 11.東志布志村・西志布志村・月野村 12.大崎村・野方村 13.松山村(紫:鹿屋市 桃:曽於市 赤:志布志市 青:合併なし)
  • 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制の施行のため、「岩川郡役所」が管轄する東囎唹郡・南諸県郡の区域をもって囎唹郡(第2次)が発足[3]。以下の各村が所属。(11村)
  • 明治31年(1897年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 大正2年(1913年7月1日 - 東志布志村が町制施行・改称して志布志町となる。(1町10村)
  • 大正11年(1922年10月1日 - 末吉村が町制施行して末吉町となる。(2町9村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正13年(1924年)4月1日 - 岩川村が町制施行して岩川町となる。(3町8村)
  • 大正15年(1926年
    • 4月1日 - 財部村が町制施行して財部町となる。(4町7村)
    • 7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和11年(1936年1月1日 - 大崎村が町制施行して大崎町となる。(5町6村)
  • 昭和30年(1955年
    • 1月20日 - 岩川町・恒吉村・月野村が合併して大隅町が発足。(5町4村)
    • 4月1日 - 野方村が分割し、一部[4]が西志布志村に、一部[5]が大隅町に、残部が大崎町にそれぞれ編入。(5町3村)
  • 昭和31年(1956年)4月1日 - 市成村が肝属郡百引村と合併して輝北町が発足。(6町2村)
  • 昭和33年(1958年)4月1日(8町)
    • 松山村が町制施行して松山町となる。
    • 西志布志村が町制施行・改称して有明町となる。
  • 昭和47年(1972年)4月1日 - 囎唹郡が改称して曽於郡となる。
  • 平成17年(2005年)7月1日 - 大隅町・財部町・末吉町が合併して曽於市が発足し、郡より離脱。(5町)
  • 平成18年(2006年)1月1日(1町)
    • 松山町・志布志町・有明町が合併して志布志市が発足し、郡より離脱。
    • 輝北町が鹿屋市・肝属郡串良町吾平町と合併し、改めて鹿屋市が発足、郡より離脱。

脚注[編集]

  1. ^ 郷については「角川日本地名大辞典」による。
  2. ^ 鹿兒島縣下分郡ノ件(明治20年勅令第7号、Wikisource-logo.svg 原文
  3. ^ 鹿兒島縣下國界竝郡界變更及郡廢置(明治29年法律第55号、Wikisource-logo.svg 原文
  4. ^ 小字川添・上段・鍋迫・鍋・鍋川・谷後・中尾・長谷・下谷・山重・柳谷・後谷尻・大鳥・後谷頭・白渡・山中・船迫・馬渡・釣段・中迫・吹切・於呂口・柴湯迫・上平野・下平野・細工谷・山田・高牧・鍋前・倉ケ崎・松ケ迫・釣ケ迫・前迫の一部。
  5. ^ 小字西川甲・西段・西迫・荒谷・鹿子・折戸・屋敷段・中大迫・梅ケ渡・大迫甲・大迫乙・大迫・後迫乙・後迫甲のうち一部・前畑のうち一部。

参考文献[編集]

先代:
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行政区の変遷
- 1887年
(第1次囎唹郡)
次代:
東囎唹郡西囎唹郡
先代:
東囎唹郡・南諸県郡
行政区の変遷
1897年 -
(第2次囎唹郡・曽於郡)
次代:
(現存)