魏晋南北朝表

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魏晋南北朝表(ぎしんなんぼくちょうひょう)は中国魏晋南北朝時代の国の興亡の様子を示したものである。この表では系統の色で示した国は漢民族が中心になって建てた国を表し、以下、=匈奴=鮮卑黄色=(氐は氏の下に線を引く)、白=で表す。以下のことに注意。

  • あくまで中心になって建てた民族であり、その国の住民全てがその民族ということではない。
  • この表では、後秦を滅ぼしたのがのように見えてしまうが、後秦を滅ぼしたのは東晋の将軍・劉裕(後の武帝)である。
  • この表には甘粛省の一部に拠った小政権仇池や、湖北省の一部に拠った小政権後梁が抜けている。
  • この表では北朝に比べて南朝の領土が非常に狭いように見えるが、江南(長江流域)は現在の浙江省江蘇省安徽省湖北省湖南省などの複数の省にまたがった広い地域である。
甘粛 陝西 山西 河北 遼東 山東 四川 江南 出来事
後漢
25年
|
220年[1]
184年- 黄巾の乱勃発[2]
魏晋南北朝時代の始まり

220 - 265[3]

221 - 263[4]

222
|
280[5]
220年 - 後漢献帝が魏の曹丕禅譲[6]
221年劉備を建国[7]
229年孫権が帝位につく[8]
三国時代の始まり。
263年 - 魏が蜀を滅ぼす[9]
西晋
265 - 316[10]
265年 - 魏の元帝から晋の司馬炎へ禅譲が行われる[11]
西晋 280年 - 晋により呉が滅ぼされ、統一なる[11]
三国時代の終わり。

291年 - 八王の乱勃発[12]
前涼
301
|
376[13]
西晋 成漢
304
|
347[14]
西晋 306年 - 八王の乱、終結[12]
晋の混乱を見た各地の勢力は自立を始める[15]
西晋 前趙 西晋 308年 - 劉淵が漢皇帝を名乗り、晋より自立[16]
五胡十六国時代の始まり。
前趙
304 - 329[17]
後趙 鮮卑慕容部 後趙 東晋
317
|
420[10]
311年 - 永嘉の乱[18]
316年 - 西晋が完全に滅び、
南へ逃れて東晋となる[18]
後趙
319 - 351[19]
鮮卑拓跋部
329年 - 後趙石勒が前趙を滅ぼす[20]
後趙
315
|
376[21]
前燕 冉魏 東晋 350年 - 後趙の混乱に乗じて漢人の冉閔冉魏を建て[22]
羯族の虐殺を行う。
前秦 前燕
337 - 370[23]

前秦
351 - 394[24]
東晋 376年 - 前秦苻堅により、華北統一なる[25]
383年 - 淝水の戦いにて前秦軍が東晋軍に大敗[25]
華北は再び分裂する[25]
後涼
386
|
403[26]
西秦
385
|
431[27]
後秦
384
|
417[28]
前秦 代(北魏 西燕
384
|
394[29]
後燕
384
|
409[30]
東晋
甘粛省 陝西省 山西省 河北 遼東 山東 四川 江南 出来事
北涼 後涼 南涼 西秦 後秦 前秦 北魏 後燕 南燕
398
|
410[31]
東晋
西涼
400
|
421[32]
北涼 南涼
397
|
414[33]
北魏 北燕 東晋
北涼
397 - 439[34]
西秦
407 - 431[35]

北魏 劉宋
420
|
479[36]
420年 - 東晋が劉裕により簒奪される[37]劉宋の建国[37]
424年453年 - 宋文帝による善政・
元嘉の治が行われる[38]
439年 - 北魏太武帝により華北統一[39]
五胡十六国時代が終わり、南北朝時代へ入る。
北魏
386
|
534[40]
劉宋
南朝斉
479 - 502[41]
479年 - 蕭道成が劉宋を簒奪、南朝斉を建国[42]
490年499年 - 北魏孝文帝による漢化政策[43]
南朝梁
502
|
557[44]
502年 - 蕭衍が斉を簒奪、が建てられる[45]
523年 - 北魏で六鎮の乱が勃発[46]。内乱により
国内の軍閥化が進む。
534年 - 北魏西魏東魏に分裂[47]
西魏
534 - 556[48]
東魏
534 - 550[49]
西魏 南朝梁 548年 - 梁の将軍・侯景の反乱[50]。梁は分裂状態となり
西魏により四川を奪われる。
北周
556 - 581[51]
北斉
550 - 577[52]
北周 南朝陳
557
|
589[53]
550年556年 - 東魏が北斉に、西魏が北周に
それぞれ簒奪される[54][55]
557年 - 建康の梁を陳霸先が簒奪し、を建てる[56]
北周 577年 - 北周により、華北統一[57]
581年 - 楊堅により北周を簒奪、が建国[58]

581 - 618[59]
589年 - 隋の文帝により天下統一が為される[58]
魏晋南北朝時代の終わり。
甘粛省 陝西省 山西省 河北 遼東 山東 四川 江南 出来事

出典[編集]

  1. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “後漢” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  2. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “黄巾の乱” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  3. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  4. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “蜀漢” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  5. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  6. ^ 世界大百科事典 第2版. “献帝” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  7. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “劉備” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  8. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “孫権” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  9. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “蜀漢” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  10. ^ a b 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  11. ^ a b 日本大百科全書(ニッポニカ). “司馬炎” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  12. ^ a b ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “八王の乱” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  13. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “前涼” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  14. ^ 精選版 日本国語大辞典. “成漢” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  15. ^ 世界大百科事典 第2版. “八王の乱” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  16. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “劉淵” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  17. ^ 精選版 日本国語大辞典. “前趙” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  18. ^ a b 世界大百科事典 第2版. “永嘉の乱” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  19. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “後趙” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  20. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “石勒” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  21. ^ 精選版 日本国語大辞典. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  22. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “冉魏” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  23. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “前燕” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  24. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “前秦” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  25. ^ a b c 日本大百科全書(ニッポニカ). “苻堅” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  26. ^ 精選版 日本国語大辞典. “後涼” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  27. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “西秦” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  28. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “後秦” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  29. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “西燕” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  30. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “後燕” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  31. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “南燕” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  32. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “西涼” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  33. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “南涼” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  34. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “北涼” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  35. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  36. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  37. ^ a b 日本大百科全書(ニッポニカ). “劉裕” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  38. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “元嘉の治” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  39. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “太武帝” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  40. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “北魏” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  41. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  42. ^ デジタル大辞泉. “蕭道成” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  43. ^ 百科事典マイペディア. “孝文帝” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  44. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  45. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “蕭衍” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  46. ^ 世界大百科事典 第2版. “六鎮の乱” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  47. ^ 世界大百科事典 第2版. “東魏” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  48. ^ 世界大百科事典 第2版. “西魏” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  49. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “東魏” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  50. ^ 世界大百科事典 第2版. “侯景の乱” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  51. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “北周” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  52. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “北斉” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  53. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  54. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “北斉” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  55. ^ デジタル大辞泉. “北周” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  56. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  57. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “北周” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  58. ^ a b 日本大百科全書(ニッポニカ). “楊堅” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。
  59. ^ 旺文社世界史事典 三訂版. “” (日本語). コトバンク. 2021年10月17日閲覧。

参考文献[編集]

  • 窪添慶文ほか『中国史』2、濱下武志ほか[編]、山川出版社〈世界歴史大系〉、1996年7月(日本語)。ISBN 4-634-46160-9

関連図書[編集]