西秦

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西秦
前秦 385年 - 431年 夏 (五胡十六国)
西秦の位置
西秦の領域。
公用語 漢語(中国語
首都 金城
秦王
385年 - 388年 乞伏国仁
388年 - 412年 乞伏乾帰
428年 - 431年 乞伏暮末
変遷
建国 385年
によって滅亡 431年

西秦(せいしん、拼音:Xī-qín、385年 - 431年)は、中国五胡十六国時代鮮卑乞伏部乞伏国仁によって建てられた国。

歴史[編集]

乞伏国仁は前秦苻堅に仕えていた鮮卑族の有力部族長であった。383年淝水の戦いで前秦軍が東晋軍の前に大敗を喫すると、385年に乞伏国仁は前秦から独立し、ここに西秦が成立した。

第2代の乞伏乾帰の時代における勢力拡大で西秦の領土はさらに拡大した。しかし431年、赫連定により滅ぼされた。

西秦の君主[編集]

  1. 烈祖宣烈王(乞伏国仁、在位385年 - 388年) 大単于と称する。前秦に封ぜられた苑川王となる。
  2. 高祖武元王(乞伏乾帰、在位388年 - 400年410年 - 412年
  3. 太祖文昭王(乞伏熾磐、在位412年 - 428年
  4. 後主(乞伏暮末、在位428年 - 431年
  • 高祖は、はじめ大単于、河南王と自称した。後、前秦に封ぜられた梁王となった。
  • 高祖は、394年、秦王と称した。
  • 400年 - 409年の間、後秦に服属していた。
  • 高祖は、409年、後秦から独立して、再び秦王と称した。

元号[編集]

  1. 建義385年-388年
  2. 太初388年-400年
  3. 更始409年-412年
  4. 永康412年-419年
  5. 建弘420年-428年
  6. 永弘428年-431年

関連項目[編集]