警防団

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警防団(けいぼうだん)とは、第二次世界大戦勃発直前の1939年昭和14年)に「警防団令」[1]を根拠として、主に 空襲 或いは 災害 から市民を守る ために作られた団体である。 警察および消防[注釈 1]の補助組織としての任務が課されていた[2][注釈 2]

日本の敗戦に伴って存在意義が薄くなったため1947年(昭和22年)に廃止され、消防団に改組移行された。

概要[編集]

警防団の設立以前には現在の消防団に相当する「消防組」という組織があり、水火消防の任務を担っていた。 警防団令施行に伴い、従来の「水火消防」[2]に加え「防空監視」[2]、「警報発令」、「灯火管制[3]、「警戒・警護」[2]、「交通整理」、「被災者の応急救護[3]、「毒ガスに対する防護」、「被災者の避難所の管理」[3] 等の役割を追加して改組された。

組織と階級[編集]

警防団は原則として団本部―各分団―部―班という編成とすることとなっていたが、設置権者である地方長官(現在の知事)および設置主体である市町村や監督指導する府県警察部の規模により編成には相当の地域差があった。 このため、「典型的な警防団の組織編成」といったものを例示することは困難である[注釈 3]

なお、警防団令によって定められた警防団員の階級は上位から順に団長、副団長、分団長、部長、班長、警防員であったが、実際には団の編成により副分団長や副部長、副班長といった階級が設けられている場合もあった[4]。 この場合、副分団長は分団長、副部長は部長、副班長は班長と同じ階級章襟章)を用い、「」の腕章を着用することとされた[4]。 また、分団長、部長、班長が置かれず、団長と副団長以外は全員の階級が警防員という場合もあった[5]

制服[編集]

警防団の制服には甲種と乙種の2種類が制定されていた。 

警防団員服制[6]によれば詳細は以下の通りである。

甲種制服は帝国陸軍軍服折襟・立折襟軍衣をモチーフにしたと思われるデザインであり、上衣、袴(ズボン)とも服地の色は濃茶褐色(カーキ色)で上衣の襟部分の色は黒色、胸の物入れ(ポケット)はプリーツ付き釦留め蓋付きの貼付型、腰の物入れは釦無し蓋付きの切れ込み型。
階級章は独自のデザインの襟章と上着の袖章である(ただし、甲種制服のデザイン自体は警防団の前身である消防組の制服とも共通点が多く、消防組の制服を「国防色」と呼ばれたカーキ色に変えて階級章等のデザインを追加変更したとの見方もできる[7])。
腰には上衣の上から幅広のベルトを締めており、ベルトのバックルに警防団の徽章が入っていた。 

袴(ズボン)は短袴(乗馬ズボン)と長袴(スラックス)の2種類。   制帽[注釈 4]は黒色で陸軍の戦闘帽とほぼ同型の物に警防団のマークの帽章が付く(帽は全階級共通のデザイン・材質で階級や役職による差は一切ない)。
また、制帽は従来の消防組の制帽(いわゆる官帽・軍帽と同様の型の帽子)の帽章のみを警防団の物に取り換えた物や、制服と同じカーキ色の生地で作った制帽に警防団の帽章を取り付けた物を着用している実例も当時の写真から確認できる[8]

は規定では黒色革製短靴であるが、実際には長靴地下足袋なども使用された。 また、ゲートルは黒色または濃紺色の物である。

なお、甲種制服は現存する実物では資源の不足からか濃緑色や灰褐色等様々な色や雑多な材質の物が見られる。 ポケットの形状についても制式とは異なる例が散見される[9]。 乙種制服は黒色の法被股引腹掛であり、法被の左襟と背面に警防団名(例:○○町警防団)、右襟に職名(階級)を白色で染め出すこととされていた。 警防団員の制服は繊維製品配給消費統制規則の適応外とされており、衣料切符なしで作製・購入が可能とされていた[10]。 しかし実際には前述の通り戦時下の物資不足から作製は思うように進まなかった。

警防団員の法的身分[編集]

現在の消防団員地方公務員法において特別職公務員(非常勤の公務員)であるとの法的身分が明示されているが、警防団員の法的身分については警防団令等に明確な規定がなかった。 このため、私怨から警防団員の活動を妨害した者が公務執行妨害容疑で逮捕、起訴されたが「警防団員は公務員であるとの法的根拠がないので公務執行妨害には該当しない」として争った裁判がある。この裁判は最終的に「警防団員は公務員であり、その職務を妨害することは公務執行妨害である」との判決が確定した。 この判例により警防団員の法的身分がはじめて明確なものとなった[11]

備考[編集]

愛知県西尾市1962年(昭和37年)に消防団を解団し、水防団と警防団に改編した。2団は同一のものであり水・警防団とも呼ばれる。

参考文献[編集]

  • 官報 第3760号 昭和14年7月19日水曜日(国立国会図書館所蔵)
  • 官報 第4239号 昭和16年5月3日土曜日(国立国会図書館所蔵)
  • 株式会社警防通信社刊『大日本警防誌』(昭和16年発行、国立国会図書館所蔵)
  • 財団法人大日本警防協会刊『大日本警防』各号(国立国会図書館所蔵)
  • 太田臨一郎『日本服制史 中巻』文化出版局 1989年
  • 中田忠夫製作『大日本帝国陸海軍 軍装と装備』潮書房 1997年
  • 中田忠夫製作『大日本帝国陸海軍 軍装と装備2』
  • 日本赤十字社刊『赤十字条約集』 2005年
  • 近代消防社刊『新訂 がんばれ消防団!』 2006年

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 戦前の日本の消防は警察の一部門であった。
  2. ^ この当時はまだ用語も概念もなかったが、現在ならばジュネーヴ諸条約第一追加議定書第6章に規定されている「文民保護組織」がほぼ相当すると考えられる。 詳細はジュネーヴ諸条約第一追加議定書第6章の条文を参照のこと。
  3. ^ 各組織などが発行している「警察史」・「消防史」・「都道府県史」・「市町村史」などに断片的な記述が見られることがあるが、軍や警察と異なり全国の組織を実際に統括指揮する官公庁も無かったため、記録や資料自体が軍や警察と比較した場合の絶対数が少ない。
  4. ^ 服制では単に「」と呼んでいるだけだが、いわゆる「略帽」の定めはなく、「帽」が名実ともに制帽である。

出典[編集]

  1. ^ 昭和14年1月24日勅令第20号「警防団令」
  2. ^ a b c d 「警防団令」第1条、および『大日本警防』昭和15年4月号6-7頁
  3. ^ a b c 昭和16年法律第91号防空法第1条
  4. ^ a b 『大日本警防誌』116-118頁による
  5. ^ 「警防団令」第5条参照
  6. ^ 昭和14年7月19日内務省訓令第12号「警防団員服制」
  7. ^ 『日本服制史 中巻』262-267頁参照
  8. ^ 『大日本帝国陸海軍 軍装と装備2』216-217頁
  9. ^ 『大日本帝国陸海軍 軍装と装備』230-231頁参照
  10. ^ 『大日本警防』昭和17年4月号53頁参照
  11. ^ 『大日本警防』昭和15年5月号40-41頁参照

関連項目[編集]

外部リンク[編集]