西方ギリシア文字

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Kirchhoff (1887) による文字形分類
  西方(クマエエウボイア

西方ギリシア文字(せいほうギリシアもじ、Western Greek alphabet)とは、初期ギリシア文字群のうち(紀元前8世紀から紀元前5世紀頃まで)、西方地域に分布したギリシア文字(および字形)の総称。後にギリシアでは標準となった東方の字形(東方ギリシア文字)とは差があり区別される。

ペロポネソス半島エウボイア島周辺、イタリア半島アナトリア半島の一部(リュキア文字)で使用された。エウボイア文字(Euboean alphabet)・カルキス文字(Chalcidian alphabet)とも呼ばれる。

最初期のギリシア文字は母音字 Υ [u] が追加され、クレタではその後も長く使用されたが、西方ギリシア文字はこれに対して、さらに Φ、Χ、Ψ の文字が付け加えられた。

この文字は、エウボイア島(ユービア島)から、イスキア島やイタリア半島の植民市・クマエへ持ち込まれ、ほぼそのままの形で最初期のエトルリア文字ラテン文字などの古イタリア文字として用いられ派生していった。この流れは歴史的に重要視され、クマエ文字(Cumaean alphabet)とも呼ばれる。

概要[編集]

ギリシア文字の分類はアドルフ・キルヒホフ英語版の著書で大きく3種類の類型に区別し、折り込まれた地図の中で東方ギリシア文字が青、西方ギリシア文字が赤、ほぼ最初期を保った南方(クレタ)ギリシア文字が緑で塗り分けられていたため[1]、この色で呼ぶ習慣がある。

これらの区別は、帯気音 [pʰ kʰ][2] および子音結合 [ps ks] をどのように表すか、および新たな文字 ΦΧΨ の導入の有無などの点で異なる[3]。すなわち、

  • 南方(緑) - これらの帯気音および子音結合は2文字で表現する。
  • 西方(赤) - Φ[pʰ]Χ[ks]Ψ[kʰ] を表す。
  • 東方(青) - Φ[pʰ]Χ[kʰ]

ほかに、s の音を表すのにΣ(シグマ)とϺ(サン)のどちらを使うかについても地域差があった。

消滅[編集]

西方ギリシア文字は紀元前4世紀の中頃までに消滅した。これは東方ギリシア文字がギリシア語圏のほぼすべてへ広がり標準の地位を獲得したためである[5]

  • 紀元前6世紀に、東方ギリシア文字地域にあたる小アジア(イオニア)のミレトスで、長い ē ō を表す文字 ΗΩ が考案された[6]。また、イオニア方言で使われない文字( w の音を表す文字Greek Digamma oblique.svgなど)が削除され、24文字からなるアルファベットが成立した。紀元前5世紀になるとこのミレトス・アルファベットがほかの地域でも使われるようになった(アッティカでは紀元前403/402年に採用した)。

一覧[編集]

フェニキア文字 Phoenician aleph.svg Phoenician beth.svg Phoenician gimel.svg Phoenician daleth.svg Phoenician he.svg Phoenician waw.svg Phoenician zayin.svg Phoenician heth.svg Phoenician teth.svg Phoenician yodh.svg Phoenician kaph.svg Phoenician lamedh.svg Phoenician mem.svg Phoenician nun.svg Phoenician samekh.svg Phoenician ayin.svg Phoenician pe.svg Phoenician sade.svg Phoenician qoph.svg Phoenician res.svg Phoenician sin.svg Phoenician taw.svg Phoenician waw.svg
南方 (緑) Greek Alpha 03.svg Greek Beta 16.svg Greek Gamma archaic 1.svg Greek Delta 04.svg Greek Epsilon archaic.svg Greek Digamma oblique.svg* Greek Zeta archaic.svg Greek Eta archaic.svg Greek Theta archaic.svg Greek Iota normal.svg Greek Kappa normal.svg Greek Lambda 09.svg Greek Mu 04.svg Greek Nu 01.svg Greek Omicron 04.svg Greek Pi archaic.svg Greek San 02.svg Greek Koppa normal.svg Greek Rho pointed.svg Greek Sigma normal.svg Greek Tau normal.svg Greek Upsilon normal.svg*
西方 (赤) Greek Chi normal.svg Greek Phi archaic.svg Greek Psi straight.svg
東方 (薄い青) Greek Chi normal.svg
(濃い青) Greek Xi archaic.svg Greek Psi straight.svg
イオニア Greek Eta normal.svg Greek Omega normal.svg
現代の文字 Α Β Γ Δ Ε Ζ Η Θ Ι Κ Λ Μ Ν Ξ Ο Π Ρ Σ Τ Υ Φ Χ Ψ Ω
音価 a b g d e w zd h ē i k l m n ks o p s k r s t u ks ps ō
  • Υ(母音字:[u])とϜ(子音字:[q])はともにフェニキア文字のPhoenician waw.svgに由来する[7]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Kirchhoff, Adolf (1877) [1867]. Studien zur Geschichte des griechischen Alphabets (3rd ed.). Berlin. https://archive.org/stream/studienzurgeschi00kirc#page/n179/mode/2up 
  2. ^ Θ帯気音 [tʰ] を表すことは共通した。
  3. ^ 松本(1981) p.91-93
  4. ^ 松本(1981) p.90
  5. ^ 松本(1981) p.96
  6. ^ Swiggers (1996) p.265
  7. ^ 松本(1981) p.88

参考文献[編集]

  • Swiggers, Pierre (1996). “Transmission of the Phoenician Script to the West”. In Peter T. Daniels; William Bright. The World's Writing Systems. Oxford University Press. pp. 261-270. ISBN 0195079930 
  • 松本克己 著「ギリシア・ラテン・アルファベットの発展」、西田龍雄 編 『世界の文字』大修館書店、1981年、73-106頁。