アンティステネス

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アンティステネス

アンティステネス(アンティステネース、: Ἀντισθένης、Antisthenēs、紀元前446年 - 紀元前366年)は、古代ギリシア哲学者。同時代人であるソクラテスの影響を受けつつ、独自の思想を展開した。ディオゲネスキュニコス派の祖としても知られる。

概要[編集]

トラキア人の母のもと、アテナイに生まれた。ソクラテスの影響を受ける以前は、ゴルギアスヒッピアスプロディコスといったソフィストのもとで修辞学などを学んだとされる。その後、アテナイ郊外のキュノサルゲスを学園として自らの思想を説いた。

逸話の一つとして、彼はソクラテスの言葉を聴くためにピレウス港からアテナイ市街へと毎日徒歩で通い、友人たちにも共に来るように薦めていたといわれる。

彼は清貧を重んじたため、彼のもとには多くの貧しい人々が集まるようになった。彼は、世界を高貴であったり壮麗であったりするものではないと考え、袖なしの外套のみを纏い、哲学の象徴として杖一本とずだ袋一つだけを所持していた。彼の追随者はみなこの装いを真似るようになったが、あまりにもこれ見よがしであったため、ソクラテスは彼を次のように非難した。「おおアンティステネスよ、私には外套の隙間から君の自惚れが見える」。

アリストテレスによれば彼は無教養で単細胞であるとされ、またプラトンによればディアレクティケーの困難さに対して無駄な努力をしているとされている。ただし、これらの悪評は、学派間の張り合いによって少なくともいくらかは脚色されていると思われる。他方で、マルクス・アウレリウスストア派の立場から『自省録』の中で彼に言及し、「善をなしながら粗末に生きることは素晴らしい」と評価している。

思想[編集]

ディオゲネス・ラエルティオスによればその著作は十巻にも及び、倫理学を中心に言語哲学自然哲学を説いたとされる。しかしながら、現在はその断片しか残されていないため、彼の思想には不明な点が多い。叙述形式としては対話篇を好んだとされる。

外部リンク[編集]