聖絶

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聖絶(せいぜつ)とは、聖書信仰の立場によって訳された『新改訳聖書』において造られたヘブライ語ヘーレム(חרםḥērem)の訳語(造語)である。一般的な用途に用いることを禁じ、神のために聖別すること、ささげられたもの、奉献物、のろわれたものを意味している[1][2]レビ記申命記ヨシュア記サムエル記上巻などに多く見られる聖句である[3]

「すべて聖絶のものは最も聖なるものであり、主のものである。」

— レビ記27:28、新改訳聖書

キリスト教神学においては、旧約と新約の経綸で説明され、イエス・キリストによる救いと神の愛が聖絶によって示されている。ユダヤ教などキリストを否定する宗教はこの解釈をとらない。また、批評的聖書学者からは、新改訳はキリスト教護教的な訳であるとして、批判されている[4]

概要[編集]

ヘーレムの語根は「別にしておく」とか「俗用に供することを禁じる」ことを意味しており、この語はヘブライ語聖書旧約聖書)で神への奉納・奉献・聖別を表すためにも用いられている[3][5]

畑や家畜などを聖絶として神に捧げた場合は、それを売ることも買いもどすこともできないものとして完全に神に捧げ尽くさなければならず(レビ27:28)、そのようにして捧げられたものは祭司のものとなった(レビ記27:21、民数記18:14)。ただ、その捧げ物が人間であった場合は必ず殺されなければならなかった(レビ記27:29)。

一方、イスラエルに敵対する異民族に対して聖絶が用いられる時は、「神への奉納物として、異教の神を拝むものとそれに関連する事物をことごとく滅ぼし尽くす」こと、全ての戦利品を滅却することを意味した[5]。すなわち、聖絶の対象とされた敵対異民族は全員が剣で殺され、また家畜も含め生けるものは全て殺戮された。また、通常の戦闘では許される女子どもの捕虜も、また家畜などの戦利品も、聖絶においては自分たちの所有物とすることは許されず、全てが神への捧げ物とされなければならなかった。さらに、それ以外の剣でもって滅ぼせないものは火をもって焼き尽くされ、また、燃やすことの出来ない金銀財宝などは神殿の奉納倉へ納めて、「呪われた汚らわしきもの」として民衆の手からは隔離されなければならなかった。そして、聖絶のものを私物した者は、神の怒りに触れるものとして、罰として処刑された。聖書はその理由として、イスラエルに聖なる生き方をさせて、彼らが先住民の宗教からの誘惑に負けて神に対して罪を犯さないためであるとする(申命記7:1-6、20:16-18)[3][5]

ただ、聖絶は必ずしも異民族にだけ行われたわけではなく、ヤハウェ以外の神を礼拝したような場合にはイスラエル民族そのものにも向けられたし(出22:20、申7:26、ヨシュア6:18)、さらに、イスラエルの民自身が神によって聖絶されることが預言されたこともある(エレミヤ25:9)。

使用例[編集]

旧約聖書における例[編集]

イスラエルに敵対する異民族(通例は都市国家単位)に対する聖絶の例をあげる。カナンの王はイスラエルを襲って、幾人かを捕虜にしたため、イスラエルは主なる神に誓願を立てた。「もし、確かにあなたが私の手に、この民を渡してくださるなら、私は彼らの町々を聖絶いたします。」(民数記21:2、新改訳聖書

ギリシア語聖書(新約聖書)における例[編集]

ヘーレムの語は七十人訳聖書ではアナテマと訳されており、新約聖書では不信者に対する強い呪いを意味する言葉としてこの語が用いられている[3]。現在、新約聖書でそのギリシャ語形のアナテマが使われる場合に「聖絶」の語が用いられた翻訳聖書はない。

なお、「強い呪い」という意味から、アナテマは後のカトリック教会では「破門」を意味する語として用いられるようになった。ただ、『ルカによる福音書』21:5においては、アナテマの語が「エルサレム神殿への奉納物」の意味で用いられている。

語義の変化[編集]

元来は「神への奉納物としての異民族の殲滅」も意味していたこの語が、最早聖戦の時代ではなくなった紀元前後のイスラエルにおいてはその意味内容が著しく変化し、「強い呪い」を意味する語として用いられるようになったとされる(コリント前16:22、ガラテア1:8-9、新改訳聖書)[5]

なおマックス・ウェーバーは、この語義の変化はバビロニア捕囚後に既にあったとし、ユダヤ教がペルシアによって平和にされた宗派的教団へと変質させえられた時代には、ヘーレムは不心得者などに対する共同体からの破門を意味する言葉として存続したとしている[6]。たとえばエズラ10:8においては、ヘーレムの対象は該当者の財産だけで、当人は共同体から追放されることが命じられている。

翻訳の試み[編集]

ヘブライ語のヘーレムは聖書の翻訳チームを悩ませてきたものの一つで、場面によって様々に訳し分けられている。たとえば新共同訳聖書では「滅ぼし尽くせ」(サムエル上15:3)、或は「滅ぼし尽くして主にささげよ」(ヨシュア6:17)などと訳されている。なお後者に関しては、文語訳聖書においては「詛(のろ)はれしものとしてヱホバに献ぐべし」となっている。

このように、聖書の解釈によって様々な訳語が試みられており、特に聖書信仰の学者の手による『新改訳聖書』(1970年初版)ではこの語を「聖絶」と訳しているが、聖書信仰の立場を取らない翻訳や一般人向けに訳された翻訳とは解釈を異にしている。なお、その意味で岩波書店刊行の岩波委員会訳聖書でも近年ヘーレムの訳語として「聖絶」、名詞としての「聖絶物」の語が採用されているが、キリスト教会の聖書とは前提が異なる。というのは、キリスト教会と結びつき、礼拝において用いられることを意図した他の翻訳聖書に対し、岩波訳は教派的な解釈から自由な立場で為された歴史的文書としての翻訳だからである[7]。また、岩波委員会訳聖書では、新改訳聖書で聖絶が訳語として採用された箇所においても、たとえばエズラ10:8に見られるように旧来の「没収」と訳されている箇所がある。

なお、七十人訳聖書においてヘーレムの訳語として採用されたギリシア語はアナテマであって、この語はラテン語訳聖書においても使用された(詳しくは「アナテマ」の項目を参照)。

福音派による神学的解釈[編集]

出エジプト記[編集]

出エジプト記22:20は異教の祭儀が禁じられており、全く滅ぼすこと、聖絶が命じられているが、これはもともとのろいの下におくという意味である[8]

民数記[編集]

ジャン・カルヴァンは、民数記21章2-3節の聖絶の誓約は、主に対する敬虔な信仰のあらわれであり、主の助けを祈り求めることであったという。カルヴァンはこの記事は一見残酷に見えるが、イスラエルは神の命令を執行したのであり、破壊と殲滅は正しいことであったと指摘する。のろわれたものとして神にささげられたこの地は、ホルマと呼ばれるようになった。[9]

ヨシュア記[編集]

ここで神の敵に囲まれた神の民を助けたのは、イエス・キリストであると信じられている[10]。ヘブル語のヨシュアはギリシャ語のイエスであり、ヨシュアは「旧約聖書のイエス」と呼ばれる[11]ヨルダン川を渡った時の契約の箱、ラハブの赤いひも、エリコ近くの主の軍の将にイエス・キリストが見出される[12]。ヨシュアに対し、神の自己顕示のことばが使われている。ここは聖なる所であり、罪人であるヨシュアは神の領域に入った[13]。ラハブの赤いひもはキリストの血と解釈される。滅ぼされた者と救われたラハブが対照である[14]

先住民は優れた文化を持つ民族であったと考えられているが、宗教的に堕落していたため、神は選民を守るために、彼らを滅ぼすように命じられたのだと受けとめられている。神の民がヨルダン川を渡った奇蹟は、堕落・腐敗した異教民族を征服するための準備であったと信じられる。異教民族を滅ぼす神の命令がくだった理由は、すべての人は罪のために滅ぼされて当然だからであり、イスラエルが選民だったからである。神は彼らを罰するためにイスラエルを用いた。[15]

悔い改めない人の破滅、信仰者へのあわれみ、警告と祝福が示される[16]。エリコはカナンの人への神の審判の行為である[17]。イスラエルにとって聖なる戦いへの参加であり、アナク人に対しては罪への裁きである[18]

ここにある原則は勇気、敵との非妥協、神への忠信である[19]

イエス・キリスト[編集]

イザヤ書34章5節に「見よ。これがエドムの上に下り、わたしが聖絶すると定めた民の上に下るからだ」(新改訳聖書)と書いてあるが、イザヤ34:5-8、63:1-6、ヨハネが受けたキリストの啓示19章13節の関連から、イエス・キリストが神の敵を踏み潰し、その返り血を浴びる姿と解釈される。異教的な人物であるエサウを起源とするエドムは、常に神の敵、教会の敵を意味しており、カナンの地、約束の地に入ろうとする時も、その後も神の敵がいた。イエス・キリストの敵はみな霊的なエドムである。[20][10][21]

イエス・キリストによる最後の裁きが最終的な聖絶である[22]

霊の戦い[編集]

これは、現代においては、霊の戦いとして適用される。ただし、霊の戦いについては福音派に議論があり、「霊の戦いに関する聖書的・包括的理解のためのナイロビ声明」が発表されている。[2][23][24]

出エジプト34章、申命記12章の与えられた地における命令は、今日仏壇など異教な偶像を取り除く聖句として適用されている[25][26]

神の愛[編集]

聖絶は神の愛の拡大である[27]。それは、イスラエルの神こそが全地の主であると知るため、また、神の民が汚れた民の汚染から守られるためであり、イスラエルを通して贖い主が来るためである[27]。悪を罰する神は、神を信じる者に対しては限りない愛といつくしみをもって臨むと信じられている[28]。約束の地とは神の祝福であり、アブラハムの子孫であるイエス・キリストが信仰の対象である[29]

神の臨在[編集]

聖絶で神の臨在が示されている。イエス・キリストの十字架により、聖絶が成就されたのであり、御子イエス・キリストの十字架において聖絶を受ける道が備えられた。聖絶の最終的な執行は栄光の臨在の前の火の池である[22][30][31]

聖絶に対する評価[編集]

旧約聖書の聖絶の記述に関する史学的評価[編集]

自由主義神学的な立場による史学的評価では、聖書の神はイスラエル民族の部族神であり、聖書の記述もその全てが史実とは限らないとする立場にある。また、岩波委員会訳の旧約聖書の補注によれば、古代の戦闘は全てその民族の守護神の闘いでもあったため、闘いに敗れた民族とその所有物はその所有関係が切断され「神無きもの」となって穢れた存在となるが、いわゆる聖戦の法である聖絶は、それを勝利をもたらした自国の守護神に儀礼的に捧げ尽くすことで「神無きもの」が購われ、新たな所有に移すために行なわれる宗教儀礼で、必ずしも敵対異民族を物理的に絶滅させたわけではない、という見解がなされている[32]

この聖絶という慣習はイスラエルのみならずモアブアッシリアのような近隣諸国にも古来から共通して見られた宗教儀礼で、それは敗北した敵を単に虐殺することだけでなく、聖なる闘いに関する宗教的規定のひとつであった[33]が、実際にこの規定が適用されたことは現実問題としてかなり稀なことであったと考えられている[5]。というのも、敵対する異民族を聖絶の捧げ物とした場合でも、相手を滅ぼしてもイスラエルの民には物質的には何の利益にもならないため、当然ながら違反者が続出した。また、一民族を全て根絶やしにすることは現実問題としても無理であった。「このように聖絶が不徹底であったため、バアル信仰がイスラエルの中に蔓延り、神の怒りを招いた結果、自分たちは異民族に支配されなければならなかったのだ」という反省及び歴史解釈がイスラエルの中に起こり、バビロン捕囚以後にそのような観点の下に聖書が編纂されたものと考えられている。したがって現在の歴史学では、聖書に書かれた虐殺の記述は歴史を正しく伝えたものではなく、後代のバビロン捕囚前後の時代にイスラエル中心主義の影響で書かれたものとされる。

ちなみにウェーバーも、カナンの地を特別に神聖視する預言者の思想に影響されたユダヤ教の宗派的な発展のみが、儀礼的なタブーにすぎなかった聖絶を殲滅の思想として発展させたとして、そのような特殊な解釈がなされた理由の一つとして「人道的律法」を適用すべき寄留者(出エジプト22:20、新改訳聖書では22:21)が捕囚後のイスラエルに存在しなかったことを挙げている[6]。事実イエスの家系にもモアブ人女性ルツが登場することからも分かる通り、実際の歴史ではユダヤ人はアマレク人カナン人ミデヤン人ペリシテ人モアブ人アモン人エドム人などの近隣諸民族と共存・通婚しており、ユダヤ人の勢力がカナン・シリアで支配的なものとなってイスラエル王国ユダ王国が建国された際も上記のようなユダヤ人以外の諸民族の共存は許されていた。これらの諸民族はイスラエル王国・ユダ王国の統治の間に徐々にユダヤ人と混血し、吸収されていったものと思われる。

現代のキリスト教による評価[編集]

福音派では、「新約の時代においては旧約のごとき聖絶の戦いはありえない」とし、キリスト者の聖化として、霊的に適用する[3]。また、聖書の根本的な命令は十戒の「殺してはならない」であるとする[34]

現代のキリスト教・ユダヤ教では聖絶の現代適用を肯定する意見は比較的少数派である。しかし、神学上の解釈に於いてはなお「この聖絶は神の御心に沿ったものであり、現代では許されないことだが当時は正しかった」とする意見が根強い。[要出典]

現代のユダヤ人学者による評価[編集]

聖書無謬説聖書の無誤性を否定する立場からは、神がこのような命令をしたはずがないか、あるいはイスラエルの神の命令が誤っていたと解釈される。たとえばユダヤのマルティン・ブーバーは、彼は必ずしもリベラル神学の立場に立つ神学者ではないが、ある時『サムエル記』上15章の記述について問われて、「私はそれを神のお告げであるとは信じない。私はサムエルが神の言葉を聞き間違ったのだと信じる」と答えたと晩年の自伝的な著書の中で記している[35]。これに対して、聖書を「書物の中の書物」と捉えるレヴィナスは、ブーバーは聖書の権威よりも自分の良心の方を上に置いたとして非難する。ちなみにレヴィナスにおいては、出エジプト直後にイスラエルを最初に攻撃したアマレクは根源的な悪の象徴であり、ナチスアウシュビッツと同等視されるため、上記のブーバーの見解に対して、「ブーバーはこの時ホロコーストについて考えていなかった」として極めて批判的な感想を表明している。なお、レヴィナスは聖書のこの箇所における聖絶について、アマレクを「地図と歴史の上から抹殺する行為」と表現している[36]

批判的視点[編集]

この聖絶という行いは、現代風に言えば間違いなく「民族浄化」すなわち本来の意味における「ホロコースト」に他ならないとし、従ってヘーレムの語を「ジェノサイド」ないしは「殲滅」として解釈する向きも多い[37][38]

また、イスラム教徒がテロ行為を正当化する際に用いることのあるジハードや、オウム真理教が殺人を正当化した際に使ったポアとの類似性を指摘する声も多い。

もっとも現在では、聖絶の語は、「神が直接人類に語らなくなった現代ではジェノサイドとしての聖絶がクリスチャンによって実際行為として行なわれることはない」とか、或はこれを霊的に解釈して「何ものも私物化せず、全てを神のものとして捧げる行為を暗示している」など様々に解釈されている[要出典]

脚注[編集]

  1. ^ 尾山『出エジプト』p.303
  2. ^ a b 新聖書辞典
  3. ^ a b c d e 泉田昭他編『新聖書辞典』いのちのことば社、1996年 ISBN 4264007062
  4. ^ 田川建三『書物としての新約聖書』勁草書房、青野太潮『どう読むか、聖書』朝日選書
  5. ^ a b c d e X・レオン・デュフール編『聖書思想事典(旧版)』及び訳注、三省堂、1973年
  6. ^ a b マックス・ウェーバー『古代ユダヤ教』(上)、内田芳明訳、岩波文庫、1996年、p.238〜240。但し、ウェーバーのこの部分の記述には若干矛盾するかのような箇所も認められる。
  7. ^ 泉田昭『日本における聖書とその翻訳』日本聖書刊行会、1996年、p.34〜35。なお、本書刊行時は岩波書店からは新約聖書が分冊刊行されていた時期で、翻訳委員も異なる旧約聖書はまだ刊行されていないが、その編集姿勢はほぼ本書の指摘通りである。
  8. ^ 尾山『出エジプト』p.303
  9. ^ Calvin's Commentaries Numbers 21:1-3
  10. ^ a b マーティン・ロイドジョンズ『リバイバル』21章「神の敵陣突破」いのちのことば社
  11. ^ 『ウェスレアン聖書注解-旧約篇2』p.5
  12. ^ 『聖書の講解』p.130
  13. ^ 『新聖書注解』p.52
  14. ^ 実用聖書注解
  15. ^ 『聖書の概説』5章
  16. ^ 『ウェスレアン聖書注解-旧約篇2』p.20-22
  17. ^ 『ウェスレアン聖書注解-旧約篇2』p.32
  18. ^ 『新聖書注解』p.71
  19. ^ 『聖書の講解』p.138
  20. ^ ジョナサン・エドワーズ怒れる神の御手の中にある罪人』CLC出版
  21. ^ 尾山令仁ヨハネが受けたキリストの啓示』羊群社
  22. ^ a b 説教題:聖絶と聖別清水武夫
  23. ^ チャールズ・クラフト『私たちにゆだねられた神の権威』プレイズ出版
  24. ^ ピーター・ワグナー『地域を支配する霊』マルコーシュ・パブリケーション
  25. ^ 滝元明『千代に至る祝福-偶像問題とクリスチャンの実際的立場』CLC出版
  26. ^ 勝本正実『日本の宗教行事にどう対応するか』いのちのことば社
  27. ^ a b 『ウェスレアン聖書注解-旧約篇2』p.32-33
  28. ^ 尾山『聖書の講解』p.483
  29. ^ ジョン・ストット『世界宣教の展望』p.15、いのちのことば社
  30. ^ 小林和夫『聖書66巻のキリスト証言』いのちのことば社
  31. ^ 小林和夫『臨在による勝利-ヨシュア記講解説教』
  32. ^ 旧約聖書翻訳委員会訳『旧約聖書』合本版、岩波書店、『旧約聖書I律法』(2004年)、『旧約聖書II歴史書』(2005年)、『旧約聖書IV諸書』(2005年) 各補注 『ヨシュア記 士師記』(1998年)239頁
  33. ^ 岩波委員会訳聖書『ヨシュア記 士師記』239頁の解説によれば、メシャ碑文に、BC9世紀頃、北イスラエルのオムリ朝に反旗を翻したモアブの王メシャが、モアブの神ケモシュの配偶神アシュタロトのためにイスラエル王の建てた都市の住民全てを聖絶した旨が記されている
  34. ^ 信州夏期宣教講座編、袴田・安藤・登家他著『キリスト者の平和論・戦争論』21世紀ブックレット、いのちのことば社、2010年 ISBN 4264027640
  35. ^ マルティン・ブーバー『出会い 哲学的断片』実存主義叢書13、1966年、理想社、p.80〜84
  36. ^ エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ『暴力と聖性 レヴィナスは語る』ポリロゴス叢書、国文社、1991年、p.167-168、176
  37. ^ 小坂井澄『さまよえるキリスト教』徳間文庫、2000年、p.84〜87
  38. ^ 文語訳聖書では、通常「絶滅」などと訳される民数記21:3の「ホルマ」(ヘーレムの語根ハラムの派生語。新改訳聖書ではホルマがそのまま使われている)を「殲滅」と訳し、「ほろぼし」のルビを振っている。

参考文献[編集]

関連項目[編集]