尾山令仁

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おやま れいじ
尾山 令仁
生誕 (1927-01-15) 1927年1月15日(90歳)
日本の旗 日本東京都
別名 唯人
出身校 陸軍経理学校早稲田大学東京神学塾
職業 牧師説教者神学者聖書学者
配偶者 尾山 美智子
聖書キリスト教会

尾山 令仁(おやま れいじ、1927年1月15日 - )は、日本の牧師神学者聖書学者神学校教師神学博士聖書キリスト教会会長牧師。号は「唯人」。

陸軍経理学校早稲田大学大学院博士課程修了。戦後、日本の福音派指導者として聖書信仰の確立のために働く。早稲田時代にキリスト者学生会を設立。日本プロテスタント聖書信仰同盟の3代目実行委員長として日本福音同盟の結成に関わる。第2回日本伝道会議京都宣言起草委員長。アジア各地への謝罪運動を敢行。

聖書信仰の福音派聖霊派のクリスチャンの内にある一致に注目し、両者の御霊による和解を目指している。東京神学校を開設し後身を育てた。著名な後継者に尾形守黒川知文など。長男の尾山謙仁は牧師、長女の岡野めぐみは牧師夫人。次男の尾山清仁は東京教会牧師。

生い立ち[編集]

サラリーマン家庭に生まれた。父親は若い頃に洗礼を受けていたが、熱心なクリスチャンではなかった。3人兄弟で兄と妹がいた。同居していたクリスチャンの伯父は青年時代の尾山に影響を与えた。

学生時代[編集]

陸軍経理学校の士官候補生時代、1944年

職業軍人となるため17歳で早稲田中学校から陸軍経理学校に入った。経理学校時代は陸軍全体の雰囲気からキリスト教に対して偏見を持っていた。空襲の激化によって陸軍経理学校は東京から石川県金沢市に移転し、そこで敗戦を迎えた。敗戦の翌年、早稲田大学に入学した。英語を習うため教会のバイブル・クラスに行き、ここで教えていたヘンリー池本軍曹(後に大佐で退役)の誘いでGIゴスペル・アワーに出席した。

クリスチャンとなって[編集]

1946年(昭和21年)11月30日の晩、GI・ゴスペル・アワー中田羽後牧師の伝道説教を聞いて、イエス・キリストを受け入れ、救われた[1]。その時「自分が罪人であることを知ると共に、…それら一切の罪が、主イエス・キリストに赦されたのだという確信が湧いてきた。」[2]尾山はその回心をデイヴィッド・ブレイナードの日記を引用し「言い知れぬ栄光を拝した」と表現している。

早稲田大学は空襲で教室が不足していたので日曜日も授業を行うと決定した。主日礼拝を守られなくなる尾山は反対運動をはじめ、この礼拝を守るための運動からキリスト者学生会を設立した。

1947年(昭和22年)3月、日本基督教団鷺宮家教会にて、山本和牧師から洗礼を受けたが、信仰的に相容れなかったため、聖書信仰の教会に転会した。

ある朝のディヴォーションの時、牧師として召された尾山は、在籍していた建築科から転学試験を受け、文学部の西洋史に移った。

献身して1949年(昭和24年)に新しく開校した東京基督神学校に入学した。大学3年生であった尾山は大学と並行して神学校の授業を受けた。この神学校が二つに分かれたため、1951年(昭和26年)に東京神学塾に移り、1953年(昭和28年)、村瀬俊夫と共に神学校卒業後、聖書信仰の学問的地位向上のため、早稲田大学大学院に入学した。

ミニストリー[編集]

開拓伝道[編集]

尾山は宣教師団体や既存のキリスト教会で働く道を断り、自主独立の開拓伝道によることを決意した。それは、妥協せずに主の働き人となるためであった。当時、聖書信仰の教会は少なく、多くのプロテスタントでは焼香など偶像崇拝が行われていた。また、外国の団体の資金援助に頼る教会も多かった。それをいさぎよしとせず、ただ神のみことばに信頼したのである。「まづ神の國と神の義とを求めよ、さらば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。」(マタイ6:33)

1953年3月15日の日曜日から路傍伝道を始めた。その一年後の復活祭で洗礼を授けた7人が高田馬場教会(現聖書キリスト教会)の最初の受洗者である。尾山はこの洗礼を執行するため1954年3月12日按手礼を受けた。

聖書信仰[編集]

聖書信仰に立った教会形成をし、日本における聖書信仰の確立に尽くしてきた。1959年にプロテスタント百周年を祝う大会、日本宣教百年記念聖書信仰運動が開かれた。この年、リベラルなグループは福音派とは別に百周年記念を持っていた。プロテスタントは、リベラル派(エキュメニカル派)と聖書信仰派(福音派)の両陣営にわかれ、聖書信仰運動から日本プロテスタント聖書信仰同盟が生まれた。後に、日本プロテスタント聖書信仰同盟、日本福音連盟日本福音宣教師団を三創立会員として日本福音同盟が結成された。その時、日本福音同盟の副実行委員長となった。1985年-1988年1990年度の日本福音同盟理事。 1961年9月に成立した新改訳聖書刊行協力会(現、新改訳聖書刊行会)により新改訳聖書の翻訳者に選ばれ、出エジプト記ヨシュア記を翻訳した。

謝罪運動[編集]

1956年、ディヴォーションの時マタイによる福音書5章から、尾山は、アジアの人々への謝罪が必要であることを示した。そしてフィリピンに行って半年の間、謝罪運動を行った。

1961年台湾東南アジアインドネシアシンガポールの謝罪運動に向かった。

1963年12月大韓民国に謝罪に行った。提岩里事件で日本によって焼き討ちされた教会を再建することで、償いのしるしをしめし、謝罪を表明すると決意した。1970年9月23日に献堂式が行われた。

1997年には朝鮮民主主義人民共和国への謝罪運動を行い、尾形守牧師らが参加した[3]

ラジオ伝道[編集]

太平洋放送協会からラジオ放送の依頼を受け、人生論的アプローチで福音を語った。ニッポン放送「憩いの窓」番組で、深夜放送聴取率第一位を獲得、他にFEBCでも福音派を代表する牧師としてメッセージを受け持った。

弟子づくり大命令[編集]

大宣教命令と翻訳されてきたマタイによる福音書28:18-20のイエスの命令「天でも地でも、わたしにはすべての権威が与えられています。ですから、あなたがたはあらゆる国の人々を弟子としなさい。それは、出て行って、父と子と聖霊の三位一体の神のお名前によってバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えることによってです。さあ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいます。」[4]の主動詞が、「弟子としなさい」とあることから、この聖句を「弟子づくり大命令」と呼び、伝道して人を救いに導き、主の弟子を養成し、教会を立てあげるための訓練を行ってきた。訓練用テキストは羊群社の『主の弟子となる』である。信仰生活のための手引きは、『信仰生活の手引き』(いのちのことば社)、霊的、知的面は『天国への旅人-信仰者の手引き-』(羊群社)、教会生活は『キリスト者の生活指針』(ニューライフ出版社)、主の弟子となるための『主の弟子となる』(羊群社)があり、また『主の弟子となる』の簡易版として『信仰生活の手ほどき』(キリスト新聞社)が出版されている。[5]

福音派と聖霊派[編集]

主イエス・キリストの地上最後の祈りは、クリスチャンの一致の祈りである。同じ聖書信仰に立つ福音派と聖霊派に争いがあることが、リバイバルの妨げになっていると考え、両者の交わりのために積極的に行動を起こしている。

1998年9月18日から東京の武道館東京リバイバル・ミッションが開催された時、尾山は大会会長を務め、福音派と聖霊派の協力のための働きをした。

尾山はマーティン・ロイドジョンズの『ジョイ・アンスピーカブル』を、両者の誤解を解くための最も重要な本として推薦している。聖書キリスト教会ではこの本の版権を取得して翻訳を終え、出版予定であったが、当時は諸事情により出版できなかった。2008年にようやく地引網出版から武藤敬子訳、尾山令仁監修により『栄えに満ちた喜び-聖霊のバプテスマとは何か』との翻訳の題名で出版された。

経歴[編集]

著書[編集]

  • 『クリスチャンの和解と一致』 地引網出版 2007年 ISBN 9784901634144
  • 『ルカによる福音書 講解』羊群社  2006年 ISBN 4897020395
  • 『ヘブル人クリスチャンへの手紙講解』 羊群社 2003年 ISBN 4897020352
  • 『ピリピ教会への手紙 私訳と講解』 羊群社 2003年 ISBN 4897020379
  • 『聖書の教理』 羊群社 2003年 ISBN 4897020360
  • 『キリスト教式文-信仰告白、公私の場における祈り』 聖書キリスト教会 羊群社 2002年
  • 『今も生きておられる神 』(自伝) プレイズ出版 2000年 ISBN 4938764520
  • 『光のある間に あなたの心の深みに届く光がある』共書プレイズ出版 1998年
  • 『テサロニケ教会への手紙 私訳と講解』羊群社 1997年
  • 『聖書の概説』羊群社 1996年
  • 『日本人とキリスト教の受容』羊群社 1995年 ISBN 4897020263
  • 『ほんとうの祈り』羊群社 1994年
  • 『ヨハネによる福音書 : 講解』羊群社 1993年
  • 『心の健康・体の健康』恩寵社 1992年
  • 『キリストの生涯』恩寵社 1991年
  • 『生きて働かれる神 』羊群社 1990年
  • 『ローマ教会への手紙 私訳と講解』羊群社 1990年 ISBN 4872070976
  • 『結婚の備え』いのちのことば社 1990年 ISBN 4264011906
  • 『聖書翻訳の歴史と現代訳』暁書房 1989年
  • 『信仰生活の手ほどき』キリスト新聞社 1989年 ISBN 4873952034
  • 『信仰生活の手引き』 いのちのことば社 1989年 ISBN 4264010306
  • 『一問一答』いのちのことば社 1989年 ISBN 426401025X
  • 『父親の責任母親の責任』いのちのことば社 1988年 ISBN 4264009618
  • 『クリスチャンホームの備え』いのちのことば社 1987年 ISBN 4264008441
  • 『日本人とキリスト教』恩寵社 1987年
  • 『愛あるかぎり 女性の生きがい』いのちのことば社 1986年 ISBN 4264002982
  • 『ほんとうの祈り 祈りのいろはから奥義まで』いのちのことば社 1986年
  • 『開かれた聖書 ユダヤ思考とギリシャ思考 : 現代訳聖書翻訳雑感』ニューライフ出版社 1984年 ISBN 4822500799
  • 『生ける過去-山本芳子の思い出』収録「鷺宮家の教会のころ」(尾山令仁)山本芳子記念文集刊行会山本和編 国際文献印刷社 1981年
  • 『聖書の権威』日本プロテスタント聖書信仰同盟  1980年
  • 『使徒たちの働き 私訳と講解』(上、下) 羊群社 1980年
  • 『現代人の聖書翻訳裏話』羊群社 1979年
  • 『マタイによる福音書 私訳と講解』羊群社 1979年
  • 『出エジプト記 私訳と講解』羊群社 1978年
  • 『聖書の講解』羊群社 1977年
  • 『牧会余話』羊群社 1977年
  • 『コロサイ教会への手紙 : 私訳と講解』羊群社 1977年
  • 『ピリピ教会への手紙 : 私訳と講解』羊群社 1977年
  • 『教会の歴史』羊群社 1976年
  • 『魅力ある女性への道』 いのちのことば社 1976年
  • 『ガラテヤの諸教会への手紙 : 私訳と講解』羊群社 1976年
  • 『エペソ教会への手紙 : 私訳と講解』羊群社 2008年 ISBN 9784897020419
  • 『創世記 私訳と講解』羊群社 1975年
  • 『死への備え 死および死後の世界』いのちのことば社 1973年
  • 『おとなの責任 子をもつ親のために』いのちのことば社 1972年
  • 『聖書の概説』羊群社 1964年
  • 『いこいの窓』いのちのことば社 1964年
  • 『旧約聖書ヒブル語文法』羊群社 1961年
  • 『さすらい』羊群社 1960年
  • 『ピレモンへの手紙 : 私訳と注解』羊群社 1960年
  • 『聖書緒論』聖書図書通信聖書学校 1959年
  • 『不死 -死後の問題の解明』ローレン・ベットナー著 尾山令仁訳 聖書研究出版会 1957年
  • 『キリスト教と科学』いのちのことば社 1955年
  • 『死後のことについて本当のことを知りたい』羊群社 2011年 ISBN 9784897020440

監修

  • 『栄えに満ちた喜び-聖霊のバプテスマとは何か』マーティン・ロイドジョンズ著 武藤敬子訳 尾山令仁監修 ISBN 4901634208 2008年 地引網出版

脚注[編集]

  1. ^ この文脈上の「救われた」とは、キリスト教で「人間の不幸・悲惨の根本原因である罪、および、そのいっさいの結果からの救出」を意味する語である。救いの三つの面とは、1.有効な召し、新生、回心、義認、2.聖化、3.栄化である。(日本伝道会議『京都宣言』いのちのことば社、『聖書の教理』羊群社)
  2. ^ 『今も生きておられる神』
  3. ^ アジアの人々への謝罪運動尾山公式ブログ
  4. ^ 現代訳聖書
  5. ^ 『信仰生活の手ほどき』のはじめに

外部リンク[編集]

先代:
蔦田二雄
日本プロテスタント聖書信仰同盟
実行委員長 1973年 - 1983年
次代:
泉田昭