吉元玉

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吉元玉(黄色いシャツ右から二人目)。在大韓民国日本国大使館前にて行われる慰安婦への謝罪と補償を求める水曜集会にて(2011年8月)

吉 元玉キル・ウォノク 1928年 - )は、元従軍慰安婦として活動する韓国人女性。

経歴[編集]

日本統治時代の朝鮮平壌出身。韓国の仁川で困窮した生活を続けていたが、韓国挺身隊問題対策協議会から手厚い保護を受けたことから、慰安婦として日本に謝罪と賠償を求める活動を始める[1]。そのため、水曜デモへの参加が他の慰安婦よりも遅い時期(1998年から)となったが、日本キリスト教協議会によって、吉はキリスト教の教会で長老を務めていたため、参加することに躊躇していたためと理由付けが行われている[2]。2016年9月、挺対協の協力で念願としていた歌手デビューを果たした。[3]

慰安婦としての経緯[編集]

本人の証言によれば、11歳の時に「お金を稼がせてやる」との言葉に騙されて着いていき、日本軍の「慰安所」に監禁され、軍人に強姦される毎日を過ごした[4]とも、13歳の時に強制連行され、軍人に暴行・強姦される毎日を過ごした[1]とも述べている。

活動[編集]

吉は「私が日本政府に望んでいるのは、それほど大きな事ではありません。本当に心のこもった謝罪をして欲しいのです。そして心のこもった謝罪に基づく賠償を、国家として行ってほしい」と訴えている[1]

2012年に橋下徹の従軍慰安婦問題への発言に抗議するために支援者たちと来日。橋下に面談を求め、橋下が「どのような経緯で慰安婦になったのかを詳しく聞きたい」と応じため、「謝罪をするのでなければ会う必要はない」と面談をキャンセルした[5]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 吉元玉ハルモニ証言集会(2010/04/17)[1] 「韓国挺身隊問題対策協議会と出会って、挺対協の運営するウリチプで暮らすようになって、やっと安心して暮らせるようになりました。ご飯も毎日3食食べられるようになりましたし、ちょっとどこかが悪くなると病院にも連れて行ってもらえます。いろんな面倒をみてもらうようになりました。そういう安定した生活を送れるようになって初めて、こうやってみなさんの前で体験をお話しできるようになりました。」
  2. ^ クリスチャントゥディ 2014年7月3日17時06分 性奴隷制問題の討論をジュネーブで開催 [2]
  3. ^ ハンギョレ新聞 2016.09.05「日本軍慰安婦被害者のキル・ウォンオクさん、晩年の歌手デビュー」
  4. ^ (京都)吉元玉さんの証言を聴く会-旧日本軍性奴隷制(「慰安婦」)問題の解決のために 2010年5月 [3]
  5. ^ 元慰安婦、橋下氏と面談中止…「嫌になった」 読売新聞2013年5月24日