田中和泉

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田中 和泉(たなか いずみ、男性、1931年8月11日 - )は、日本実業家東京都出身(三鷹市井の頭在住)。TBS[1]社長などを歴任した。趣味は園芸読書ゴルフ

来歴・人物[編集]

1954年早稲田大学第一商学部を卒業し、TBSの前身であるラジオ東京に入社。テレビ本部管理部長、企画部長、現業管理室長、経理局長、1983年取締役、1987年6月常務を歴任。

1989年6月29日、濱口浩三の後任として社長に就任したが、1991年10月9日、TBSが野村證券から損失補填を受けた問題で社内外の批判が高まり辞任に追い込まれ、相談役に就任(後任は磯崎洋三)。1993年顧問。

3時にあいましょう」を担当していたTBSのプロデューサー2人[2]が、上祐史浩村井秀夫オウム真理教の幹部に放送前の坂本堤弁護士のインタビューテープを見せた事が発端となり、坂本堤弁護士一家殺害事件が起きたのは田中社長時代である。しかし、この事件が公に発覚したのは田中の後任であった磯崎洋三が社長の時(1996年)であり、この事件で磯崎は社長を引責辞任している。(→詳細はTBSビデオ問題を参照)

脚注[編集]

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  1. ^ 会社法人としては現在の東京放送ホールディングス(TBSHD)。放送局としては現在のTBSテレビTBSラジオ
  2. ^ 両者とも事件発覚直後に懲戒解雇