本間大嗣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
本間 大嗣
生誕 (1963-11-18) 1963年11月18日(54歳)
出身地 日本の旗 日本,北海道
ジャンル ヘヴィメタル
職業 ドラマー
担当楽器 ドラムス
活動期間 1985年 -
共同作業者 FLATBACKER
LOUDNESS
ANTHEM
公式サイト Hiro Homma Official Site

本間 大嗣(ほんま ひろつぐ、1963年11月18日 - )は、北海道出身のドラマーFLATBACKERLOUDNESSを経て、2001年から2013年まで再結成したANTHEMに参加していた。キーボーディスト三国義貴は従兄弟にあたる。

来歴[編集]

  • 1964年、北海道で生まれる。中学生の頃にキッスの影響でロックに目覚め、ドラムを始める。
  • 1985年、FLATBACKERでメジャーデビュー。
  • 1986年、2ndアルバム『餌』リリース後、渡米。
  • 1987年、バンド名をE・Z・Oに変更。プロデューサーにキッスのジーン・シモンズを迎え、アルバム『E・Z・O』で海外デビューを果たす。
  • 1990年、E・Z・O解散。
  • 1992年、帰国。浜田麻里のツアーにサポートドラマーとして参加。
  • 1994年、LOUDNESSに加入。
  • 2000年、第4期LOUDNESS解散。
  • 2001年、再結成ANTHEMに参加。
  • 2004年末、長年問題を抱えていた膝の痛みが悪化したことで手術を受け、翌年の7月まで活動休止。ANTHEM側は元メンバーの大内貴雅をサポートドラマーとして参加させて事態に対応していた。
  • 2008年7月3日、自宅付近をオートバイで走行中、接触転倒事故に遭遇。転倒の際に膝を強打し全治1ヶ月と診断される。7月26日・8月29日のCLUB CITTA'2公演はサポートドラマーで行った。9月7日付で自身のHP上にリハビリで順調に回復していることを告知。
  • 2009年3月28日のANTHEMのライブより復帰。
  • 2012年春から体調回復のため、ドラマーとしての活動の無期限休止を発表。
  • 2013年4月27日、健康上の理由でANTHEMを脱退。

人物[編集]

  • アウトドア派であり、バイクでのツーリングや釣り、キャンプなどが趣味。ANTHEMの柴田直人の話では、いつも山か遠くにいるせいで電話をかけても電波の届かない場所にいることもあり、重要な話をしたい時にも繋がらないとのこと[1]
  • アンセムのメンバーによれば、料理の腕も店を出せるほどの腕前であり、柴田曰く「本間君は万が一バンドがダメになっても、お店が持てるぐらい、あらゆる料理に精通しています」とのこと[2]
  • つのだ☆ひろ主催の『サマードラムスクール』の講師として参加しており(2008年は上記の事故の為、不参加)。つのだからは「本間君には、いつもサマードラムスクールの講師をお願いしている。まず、信頼できる人柄、生徒に対する優しさ、真面目に向き合う姿勢。」「あの大音量、あのスピード感。外国でも活躍できたのは誰にも負けない圧倒的なパワーを有するから他にありません。」と、信頼を得ている[3]

ディスコグラフィー[編集]

  • 本間大嗣のロックドラム入門 (VHS) 4515990000238

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『ANTHEM Bible』76P
  2. ^ 『ANTHEM Bible』74P
  3. ^ ロッキンf 2004年 Vol.8 「ミュージシャンに歴史あり 第三回 本間大嗣」63P

外部リンク[編集]