木村憲治

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木村 憲治
Kenji Kimura
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1945-07-19) 1945年7月19日(72歳)
出身地 東京都世田谷区
ラテン文字 Kenji Kimura
身長 185cm
体重 88kg
血液型 A型
選手情報
愛称 デッカン
ポジション センター、ライト[1]
利き手
 
獲得メダル
オリンピック
1968 男子
1972 男子
世界選手権
1970 男子
1974 男子
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木村 憲治(きむら けんじ、男性、1945年7月19日 - )は、日本の元バレーボール選手、指導者。第10代日本バレーボール協会会長[2]日本バレーボールリーグ機構元代表理事会長[3]

来歴[編集]

東京都世田谷区出身。目黒区立第十一中学校においてはエースアタッカーとして活躍し、都立目黒高校を経て、中央大学に進学。1967年のユニバーシアード東京大会に出場し[4]、金メダル獲得に貢献。1968年に日本リーグの松下電器に入部。

1972年のミュンヘンオリンピックでは金メダル獲得に貢献した。現役引退後は、松下電器のコーチ、監督、総監督を歴任。松下電器産業本社では特品マーケティング本部長を務め、製品市場調査の責任者でもあった。

出身チームのパンサーズジュニアチームゼネラルマネージャーを務めた[5]

2010年から2015年にかけて日本バレーボールリーグ機構の代表理事会長を務め、2015年6月から2017年6月にかけて第10代日本バレーボール協会会長を務めた。[2]

球歴・受賞歴[編集]

  • 全日本代表としての主な国際大会出場歴
  • 受賞歴
    • 1968年度 - 第2回日本リーグ 敢闘賞、ベスト6
    • 1969年度 - 第3回日本リーグ ベスト6
    • 1970年度 - 第4回日本リーグ ベスト6、レシーブ賞
    • 1971年度 - 第5回日本リーグ ベスト6、レシーブ賞
    • 1972年度 - 第6回日本リーグ ベスト6

脚注[編集]

  1. ^ 【あの時・男子バレーの奇跡】(1)「あと2時間コートに立っていろ」 Archived 2016年7月12日, at the Wayback Machine. - あの時:スポーツ報知、2016年6月7日(jpg
  2. ^ a b バレー協会、新会長に木村憲治氏「目標は赤字解消」 朝日新聞 2015年6月23日閲覧
  3. ^ Vリーグ機構. “2011/12Vリーグ開幕あいさつ”. 2012年9月5日閲覧。
  4. ^ 日本バレーボール協会50年史 361ページ
  5. ^ TEAM STAFF パナソニック・パンサーズジュニア(Internet archive)

外部リンク[編集]