小山勉

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小山 勉 Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1936-07-26) 1936年7月26日
出身地 香川県坂出市
 
獲得メダル
日本の旗 日本
オリンピック
1964 男子バレーボール
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小山 勉(こやま つとむ、1936年7月26日 - 2012年7月2日 )は、日本バレーボール選手、指導者。1964年東京オリンピックバレーボール男子銅メダリスト。

経歴[編集]

香川県坂出市出身。坂出東部中学校から香川県立坂出商業高等学校に進学し、1953年全日本高校選手権で攻守の要としてチームを全国優勝に導いた。関西学院大学でも全日本大学選手権制覇に貢献。

大学卒業後は実業団の富士フイルムに加入し、ここでもチームの全国制覇に貢献[1]全日本男子にも選出され、1964年東京オリンピックでは銅メダル獲得に貢献。選手引退後は指導者に転じ、富士フイルム監督に就任。

1972年松平康隆の後を引き継いで全日本男子監督に就任、モントリオールオリンピック日本代表チームを率いたが、準決勝でポーランドに敗れてオリンピック連覇を逸した。

その後、1988年ソウルオリンピックでも再び全日本男子を率いた。

ソウルオリンピック終了後には松平康隆日本バレーボール協会会長の下で協会の常務理事、専務理事を務めた。

2012年7月2日食道癌の為75歳で死去した[2][3]

脚注[編集]

  1. ^ 訃報:小山勉氏(坂出出身)死去/バレー東京五輪で銅 四国新聞 2012年7月3日閲覧
  2. ^ 日本バレーボール協会. “【訃報】日本バレーボール協会元専務理事 小山勉さん(75歳)逝去”. 2012年7月2日閲覧。
  3. ^ 元男子バレー日本代表監督毎日新聞 2012年7月2日閲覧

関連項目[編集]