新潟大停電

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新潟大停電(にいがただいていでん)は、2005年12月22日から23日にかけて東北電力の管轄の新潟県下越地方を中心に新潟県の広い範囲で発生した大規模な停電である。この停電に対する正式な名称は存在しないが、マスメディアなどによる報道ではこの名称が使用されることが多いので、ウィキペディアでもこの呼称を用い、本項を作成している。また新潟停電とも呼ばれる。

概要[編集]

発生日時[編集]

  • 2005年12月22日8時10分頃 - 2005年12月23日15時10分(最長31時間)
  • 2005年12月24日午後 - 2005年12月25日3時00分
  • 2005年12月25日午前 - 2005年12月25日12時06分

発生箇所[編集]

(計30市町村、市町村名は停電発生当時)
新潟市(25日にも停電)、新発田市村上市阿賀野市胎内市五泉市三条市燕市加茂市長岡市見附市小千谷市栃尾市柏崎市上越市糸魚川市佐渡市山北町荒川町聖籠町村松町(25日にも停電)、阿賀町(24日・25日にも停電)、吉田町田上町寺泊町朝日村関川村神林村弥彦村刈羽村

発生件数[編集]

  • 22日 - 23日:最大時約65万戸(そのうち、64万戸は下越地方)
  • 24日:911戸
  • 25日:1,108戸

停電発生・大規模化・長時間化の原因[編集]

東北電力の調査によると、停電発生時は非常に強い風が広範囲に吹いており、この風に煽られて飛ばされた海水と雪が混ざり塩分を含む氷雪が電線がいしに付着して絶縁できなくなったこと、さらに同様の理由で発生したギャロッピング現象により送電線同士が接触しあってショートが断続的に起きたのが原因とされている[1]。特に最近の送電線は束ねたタイプのものも多く、大きく揺れやすいのも電線の接触がおきやすい原因となった。

新潟市周辺の地区には大きく分けて3つの超高圧送電経路が敷設されているが、8時05分頃に最初の電気事故が起こったことを皮切りに、8時10分頃にも相次 いで2本の超高圧送電線で電気事故が発生、全ての経路において給電ができなくなった。電気事故の起こった現場付近には、強風にあおられ架線同士が接触することを防ぐ装置は設置されていなかった。また、隣接する北陸電力中部電力は共に電源周波数が60Hzであるため、ここから電気を購入し供給することが難しかった。[要出典]また24日と25日にも、同様の理由により小規模な停電が発生した。

被害[編集]

道路[編集]

最大時、県内の広い範囲で約1,160基の信号機が機能を停止し、至るところで交通渋滞が発生。交通事故も複数発生した。

鉄道[編集]

JR新潟駅では、22日8時10分頃の最初の停電が発生後、1分以内に予備電源が作動して非常照明・放送設備が給電されたが、およそ5時間後の12時50分頃には予備電源も一時故障し、駅舎が暗闇に包まれた。停電の発生が祝日前の木曜日、しかも朝のラッシュ時間帯に重なったことから、駅構内だけでも数千人の利用客が居たものとみられるが、利用客・駅係員とも冷静に行動し、大規模な混乱には至らなかった。その後も停電は続き、14時頃には、朝から抑止されていた上越新幹線の上り列車を、新幹線乗客向け待合室として開放する措置が取られた。

停電の間、駅構内の待合室やテナント等では、暖房が停止した。

列車の運行ダイヤは大幅に乱れた。一時、新潟県内のすべての列車(在来線は県内全線、上越新幹線新潟 - 越後湯沢間)が運行できなくなった。22日18時30分頃には在来線がほぼ全線で運転を再開したものの、運休や遅れによりダイヤは終日乱れた状態となった。

  • 上越新幹線では、22日17時頃から新潟駅 - 越後湯沢駅間の運転を再開した。
  • 信越本線では、22日の早朝、荻川駅 - 亀田駅間において下り423M列車(当時 長岡駅発 - 新潟駅行)がパンタグラフに雪・氷が付着し、重みで上がらなくなってしまってき電ができなくなり、運転できなくなっていた。この影響で多くの列車が抑止されている最中に、この大停電に見舞われた。そのため、朝のラッシュ時間帯に新潟方面の列車が5 - 6分間隔で発車する新津駅では、3面5線ある旅客ホームの全てが、抑止された新潟方面の列車で埋め尽くされてしまう等、大混乱となった。その後、14時から15時頃にかけて、新潟駅で朝から立ち往生していた上り普通列車(気動車の運用)が新津駅まで運転するなど、数本の列車が相次いで新津駅まで運転された。
  • 越後線では、新潟駅 - 白山駅間にある信濃川橋梁の風力計が規制値を超えたことで、7時頃から運転を見合わせていたことも重なり、大変混乱した。
  • 越後湯沢駅ではほくほく線経由の金沢行きはくたか2号が抑止。10時台に犀潟行き普通電車が先に発車。しかし直江津から先のJR西日本が動いているか否かの情報がままならない上に犀潟-直江津間の交通がタクシーしかないであろうと想像される中で、満員の状況で発車して行った。首都圏より越後湯沢経由で北陸方面に向かった旅行者の多くは旅行中止に追い込まれた。

流通[編集]

ガソリンスタンドコンビニエンスストアスーパーマーケット等が一時的に営業できなくなった。理由としては、ガソリンスタンドはタンクからガソリン軽油をくみ出すポンプが作動できないため、コンビニやスーパーではレジが使えないことで決済できなくなったことが大きい。

金融機関[編集]

郵便局第四銀行北越銀行大光銀行等のATMも終日使用不能となった。

行政[編集]

  • 新潟県や新潟市などの自治体の公式ホームページは、1時間から最大数日間にわたって閲覧ができなくなった。
    • これは、一定以上の規模の自治体のウェブサーバは大抵の場合、庁舎内のサーバルームにサーバの実機が置かれているので、庁舎が停電すると適切な電源対策や遠隔地にバックアップミラーリングサーバが用意されていない限りダウンしてしまうためである。
    • 数日復旧しなかったところは停電と同時にサーバが故障したと思われる。これは停電によるダウンの場合、ディスク障害が発生しやすいなどの理由が考えられる。
  • 22日の13時から行われた新潟県12月定例議会は、照明が点灯しないまま開会された。

その他[編集]

  • エレベーターへの閉じ込めが複数件発生し消防が出動した。
  • 新潟市内の中学校・高等学校は全て正午までに、放課とする措置を執ったか、授業を行うことが全くできずに臨時休校を行った。
    • 新潟大学でも全学部に対し1限終了後に放課の措置が執られた。
  • 一部住宅では水道の出にくい状態となった。また、マンション等の高層住宅・オフィスでは水を汲み上げる装置が作動しなくなったために断水した。
  • 停電により、通常では問題にならない、寒さの被害が拡大した。(暖房器具が使用できない、消雪パイプが機能しない、等)
  • 一部スーパーやホームセンター(イトーヨーカ堂コメリで確認)では、停電中もレジが使用できない中、懐中電灯と電卓で営業を続けており、ニュースで営業を知った利用客が詰め掛けていた。
  • 家電量販店コジマNEW新潟店では、停電時に必要とされる商品(懐中電灯・乾電池・石油ストーブ等)のみ、光の差し込む1階エントランスで販売。もちろんレジは使えないため電卓での計算で販売の対応を行ったが、石油ストーブは即完売状態となった。
  • エフエム新津は自家発電装置で電力を維持し、放送エリア内のほぼ全世帯が復旧するまで災害放送を続けた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]