岳南電車

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岳南電車株式会社
Gakunan Electric Train Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
417-0001
静岡県富士市今泉一丁目17番39号
設立 2013年(平成25年)4月1日
業種 陸運業
事業内容 旅客鉄道事業
代表者 代表取締役社長 上原 厚
資本金 1億円
売上高 1億5,754万9,000円
(2015年3月期)
営業利益 △7377万2,000円
(2015年3月期)
純利益 △241万8,000円
(2015年3月期)
純資産 4億4,027万3,000円
(2015年3月31日現在)
総資産 5億6,766万5,000円
(2015年3月31日現在)
従業員数 24人
(2015年3月31日現在)
主要株主 岳南鉄道株式会社 100%
外部リンク http://www.fujikyu.co.jp/gakunan/
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岳南電車株式会社(がくなんでんしゃ、Gakunan Electric Train)は、静岡県富士市で鉄道事業を営む企業である。

概要[ソースを編集]

同社の経営する岳南線は、かつては親会社である岳南鉄道によって経営されていた。しかし岳南鉄道経営時代末期には旅客収入・貨物収入とも減少傾向にあり、主に旅客運送の面でイベント列車の運行や多客時の増結運行によるサービスの向上などに努めているものの、毎年連続して幾千万円もの営業赤字(営業損失)を計上しており、実際に2011年3月期の有価証券報告書によれば、2010年度の営業赤字は6,263万8千円となっていた。また2011年度には主力事業であった貨物輸送が廃止され、更なる経営悪化を招いた。こうした事情を踏まえ、2013年度より当社が発足し鉄道事業が移管された[1]

一方で当社は2014年7月18日、2014年度(第10回)の「日本夜景遺産」に、鉄道領域として初めて認定された。また、「懐かしい駅の明かりや工場夜景など貴重な夜景が沿線全体に存在する」として、路線・駅舎・車両など、鉄道施設全体という広範囲での認定も初めて[2][3]

沿革[ソースを編集]

  • 2013年(平成25年)4月1日 - 企業設立、事業開始。
  • 2017年(平成29年)3月4日 - 連絡乗車券の発売範囲を吉原駅から大人670円区間にまで縮小する[4]

路線[ソースを編集]

車両[ソースを編集]

ここでは、岳南鉄道時代の保有車両についても取り扱う。なお、岳南鉄道時代より2016年現在に至るまで、電車・電気機関車共に他社からの譲受車両で占められている。輸送量の急激な減少に伴い、1981年当時は電車12両・電気機関車7両在籍していた保有車両が、2015年4月には電車5両・電気機関車1両(休車)と減少している。

現有車両(電車)[ソースを編集]

いずれも元京王3000系中間車の先頭車化改造車である。

  • 7000形(モハ7001・7002・7003)
  • 8000形(モハ8001-クハ8101)

現有車両(電気機関車)[ソースを編集]

  • ED40形(2代) - 松本電気鉄道(現・アルピコ交通)がダム建設資材輸送列車の牽引用途に新製した電気機関車で、資材輸送列車の運行終了と同時に岳南鉄道へ譲渡されたものである。2両が譲渡され、岳南鉄道時代は吉原-比奈間の貨物輸送に主力として用いられていた。2015年に1両が廃車され、1両のみ在籍している。

旧在籍形式(電車)[ソースを編集]

かつては木造車の鋼体化車や元小田急車などの雑多な旧型車で占められていた。老朽車を1両単位で置き換えていたこと、その置き換えの際に場当たり的に形式車号が決定されていたため、形式車号と実車の相関性が希薄であること、台車などの振り替えも頻繁に行われていたことから、その内容や変遷はきわめて複雑である。なお、鋼体化車や小田急車入線以前は木造車が大勢を占め、中には前面5枚窓の富岩鉄道買収国電払い下げ車なども在籍していた。

初期の木造車グループ[ソースを編集]

  • モハ101 1949年に駿豆鉄道よりモハ101を購入。元は国鉄モニ3012。1961年に鋼体化しモハ1103となる。
  • モハ102 モハ101と共に1949年に駿豆鉄道よりモハ102を購入。元は国鉄モニ3013。1953年制御車化してクハ102となる。1963年廃車解体。
  • モハ106 1949年に西武鉄道よりサハ106(元武蔵野鉄道1924年梅鉢製)を購入。1960年に鋼体化しステンレス車モハ1105となる。
  • クハ1210 1949年に西武鉄道よりクハ1210(1890年新橋工場製)を購入。元は国鉄の客車で履歴は国鉄ホユニ5067[5]→武蔵野鉄道クハ122→西武鉄道クハ1210。1968年廃車。
  • モハ38 1951年に駿豆鉄道モハ38を購入。1963年に鋼体化しモハ1106となる。
  • モハ201 1953年に国鉄より元伊那電気鉄道デハ204(1923年汽車会社製)を購入。1959年に鋼体化しモハ1101となる。
  • クハ21 1953年国鉄より元富岩鉄道セミボ21[6](1928年日本車輌製 半鋼製車)を購入。1968年廃車。
  • モハ601 1957年に富士山麓電気鉄道よりモハ20を借入後購入。元は国鉄モヤ4001。1960年に鋼体化しモハ1102となる。
  • クハ2101 鋼体化により余剰になったモハ38の車体を使用して制御車を製作

鋼体化車・元小田急車[ソースを編集]

以下は既存の木造車の機器を流用して車体を新製したものと、小田急から車体・台車を譲受して一部を電装したものに大別される。5000系導入まで使用された。

鋼体化車
既存の木造車の機器を流用して車体を新製したもの。
元小田急車
元小田急のHB車・ABF車。電動車の本来の主電動機は4000形に転用されたため車体・台車のみを譲受し、主電動機は国鉄中古品などを装備していた。これに関連して台車の振り替えが頻繁に行われていた。

クハ1107・2601は1100形鋼体化グループが搭載していたゼネラル・エレクトリック社系で国鉄の制式電車用制御器であったCS5系電空カム軸式制御器に連結対応する改造が行われており、それ以外の旧小田急車はウェスティングハウス・エレクトリック社のライセンシーであった三菱電機が製作したABF系単位スイッチ式制御器を搭載していて相互に制御シーケンスの互換性がなかったため、これらの混用・総括制御は不能であった。モハ1103・1105はラッシュ時に他のCS系2編成に増結され、3両編成でも使用された。即ち、最大3両編成3列車と予備1編成を組成していたことになり、この当時、通勤・通学客を中心に未だ多くの旅客需要があったことを窺わせる。1981年当時の5000形による置換直前の編成を以下に示す。

  • 国鉄形CS5系主制御器グループ - モハ1101+クハ2601, モハ1103+モハ1105, モハ1106+クハ1107 →吉原
  • 三菱ABF系主制御器グループ - モハ1108-クハ2106+モハ1603, モハ1602-サハ1955-モハ1905 →吉原

クハ1107・モハ1602・クハ2106・サハ1955の廃車体(台車無し)が比奈駅付近で倉庫として2011年夏ごろまで使用されていた。

5000系[ソースを編集]

5000系 吉原駅 1981年頃

雑多な従来形式を淘汰するため、岳南鉄道が東急5000系を導入したもの。7000形導入後も予備車が残っていたが、8000形導入に伴い全車廃車された。

  • 5000系(モハ5000・クハ5100)

旧在籍形式(電気機関車)[ソースを編集]

  • ED40形(初代)- ED4012・ED4013の2両が在籍。元国鉄のアプトED40形で、駿豆鉄道を経て開業時に譲受。
  • デキ1形(デキ1, 2) - 2両在籍。元宇部鉄道デキ1形。独国AEG社製の凸型二軸機で、国鉄を経て入線した。1969年の昇圧時に昇圧対応工事の対象から外され、廃車となった。
  • デキ3形(デキ3) - 元駿豆鉄道デキ1形。駿豆鉄道が開業した時に用意した凸型木造電機。軽量であったため、主に沿線の引込線、専用線の入換に従事していたという。
  • ED30形(ED3011→ED301) - 1953年に竣工した帝國車輛工業製で岳南鉄道(当時)唯一の自社発注車で、蒲鉾の様な深い屋根が特徴であった。
  • ED31形(ED311) - ED40形(初代)と同様、元国鉄のアプト機ED40形に由来する車両であるが、駿豆鉄道時代に大改造が実施され、片運転台かつ1電動機サイドロッド駆動という特殊構造から、デッキ付両運転台でDT10台車を装着する一般的な機関車になっていた。
  • ED27形(ED271) - 元南武鉄道1002。国鉄を経て入線した。自重が50.6tで岳南鉄道で最も重く、定格出力も最大(700kW)を記録した機関車であった。
  • ED10形(ED103) - 1949年日立製作所製の大井川鉄道E10形。定格速度(34.7km/h)と定格引張力(6,160kg)のバランスが良く、本線貨物列車牽引の主力機として運用された。岳南鉄道の貨物削減後、大井川鉄道へ再譲渡され、SL急行補機等として使用されていたが、2003年以降千頭駅構内にて休車後、2016年に解体された。
  • ED28形(ED281) - 1930年川崎車両製の元小田急ED1021である。自重50.0tでED27形に次いで重く、箱型車体に船舶用といわれる丸窓が並ぶ車体が大きな特徴であった。
  • ED32形(ED321) - 1927年三菱電機製で、ウェスティングハウスタイプの凸型機である。伊那電気鉄道から国鉄買収を経て当線に入線した。比較的小型の凸型機であるが、パンタグラフを2基搭載していた。
  • ED50形(ED501) - 1928年川崎造船製の元上田温泉電軌(現上田電鉄)のデロ300形で、名古屋鉄道を経て入線したもの。1両が在籍し、比奈構内の入換と各引込線・専用線への小運転に用いられていた。
  • ED29形(ED291) - 1927年日本車輌製の元豊川鉄道買収機デキ52形である。長らく休車として岳南富士岡駅構内に留置されていた。

乗車券[ソースを編集]

岳南電車では、有人駅である吉原駅、吉原本町駅、岳南原田駅、岳南富士岡駅の窓口において硬券を販売している。自社線内完結の乗車券に加えて岳南線とJR線をまたいで利用する連絡乗車券がある。後者は静岡県内まで取り扱っている。

2017年3月のダイヤ改正で連絡運輸範囲が縮小されるまで、名古屋市内までのJR東海道本線の主な駅、東京山手線内ゆき(新幹線経由)の硬券切符も取り扱っていたほか、吉原駅では、JR線のみの乗車券も発売していた。吉原駅のJR単独券は、JR東海様式の大型軟券ではなく岳南電車様式の硬券だった。

一日乗車券[ソースを編集]

平日・休日とも利用できる「全線1日フリー乗車券」を大人700円・小人300円(2015年7月改定)で発売している。吉原 - 岳南江尾間の運賃(大人往復720円)と比較してやや安価な価格設定である。なお、岳南電車有人駅窓口だけでなく、比奈駅内の模型店「フジドリームスタジオ501」でも取り扱いがある。また、一日乗車券とは別に、期間中の任意の一日が乗り放題の「こどもフリーパス」が児童の春・夏・冬季休暇中に小人200円で販売されている。

記念切符[ソースを編集]

映像外部リンク
『幕が上がる』映画予告編 - YouTube
0:52からのシーンは比奈駅で撮影。その他のシーンは映画本編で観られる。

2015年現在、販売しているものは以下のとおり。

  • 幕が上がる映画公開記念切符 - 踊る大捜査線シリーズで知られる、本広克行が監督を務める青春映画『幕が上がる』の重要なシーンに岳南線が使われたことから、ヘッドマークをつけた『幕が上がる号』の運行とともに[7]
  • 岳南電車日本夜景遺産記念乗車券
  • 「岳南鉄道から岳南電車へ お陰様で一周年!」記念乗車券
  • 岳南鉄道から岳南電車 社名変更記念硬券・補充券セット
  • 入場券 吉原駅(THE FINALRUN) - 電気機関車の絵柄入り入場券。

グッズ[ソースを編集]

  • 全駅駅名看板キーホルダー
  • 全駅駅名看板携帯ストラップ
  • 岳南電茶 - 電車型紙ケースに入った地元産茶葉のティーバッグ。7000形(紅茶)・8000形(緑茶)の2種類。

企画[ソースを編集]

脚注・出典[ソースを編集]

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参考文献[ソースを編集]

  • 「私鉄専用鉄道の電気機関車 岳南鉄道」、『世界の鉄道'69』、朝日新聞社、1968年10月、 76 - 77頁。
  • 「日本の私鉄及び会社専用線電気機関車諸元表(1968年3月調べ)」、『世界の鉄道'69』、朝日新聞社、1968年10月、 178 - 185頁。
  • 「日本の地方私鉄 岳南鉄道」、『世界の鉄道'76』、朝日新聞社、1975年10月、 70 - 73頁。
  • 「日本の私鉄車両諸元表」、『世界の鉄道'76』、朝日新聞社、1975年10月、 162 - 163頁。
  • 掘井純一「昇圧される岳南鉄道」、『鉄道ファン』第96巻、交友社、1969年6月、 85頁。
  • 寺沢新・登山昭彦「甲信越・東海地方の私鉄 現況9 岳南鉄道」、『鉄道ピクトリアル』第431巻、電気車研究会、1984年4月。
  • 澤内一晃「現有私鉄概説 岳南鉄道」、『鉄道ピクトリアル』第652巻、電気車研究会、1998年4月、 211-215頁。
  • 亀井秀夫「岳南鉄道車両ガイド」『鉄道ファン』No.244
  • 寺田裕一『ローカル私鉄車輌20年 東日本編』JT、2001年
  • 吉川文夫「岳南鉄道」『私鉄車両めぐり特輯 2』、鉄道図書刊行会、1977年
  • 吉川文夫「岳南鉄道を走った電車のすべて」『鉄道ピクトリアル』No.431

外部リンク[ソースを編集]