太平島

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太平島
外交紛争のある島
現地名:
中国語: 太平島
ベトナム語: đảo Ba Bình
フィリピノ語: Ligao Island
英語: Itu Aba Island
Taiping Island and Zhongzhou Reef ISS.jpg
地理
場所 南シナ海
座標 北緯10度22分38秒 東経114度21分59秒 / 北緯10.37722度 東経114.36639度 / 10.37722; 114.36639座標: 北緯10度22分38秒 東経114度21分59秒 / 北緯10.37722度 東経114.36639度 / 10.37722; 114.36639
所属群島 南沙諸島
実効支配
 中華民国
直轄市 高雄市
市轄区 旗津区
領有権主張
 中国
海南省
地級市 三沙市
ベトナムの旗 ベトナム
カインホア省
フィリピンの旗 フィリピン
パラワン州
太平島
各種表記
繁体字 太平島
簡体字 太平岛
拼音 Tàipíngdăo
注音符号 ㄊㄞˋ ㄆ|ㄥˊ ㄉㄠˇ
発音: タイピンダオ
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ティザード堆(左上の島が太平島)

太平島(たいへいとう、英語: Itu Aba Islandベトナム語: đảo Ba Bình / 島波平フィリピノ語: Ligao Island) は、南沙諸島(スプラトリー諸島)の北部に位置する環礁州島の中国名。南沙諸島中、自然形成された陸地面積が最大の海岸地形[1]ティザード堆(英語:Tizard Banks、中国語: 郑和群礁)の一部を形成している[2]。別称は「黄山馬礁」。この環礁には鴻庥島もある。

現在は中華民国台湾)が実効支配し、行政区画は高雄市旗津区中興里に帰属している[1]。中華民国にとっては、シーレーン防衛の要衝にあたり、警備のため海軍陸戦隊員や海岸巡防署員が常駐している[1][3]。そのため、一般人の渡航は認められておらず、この島の実態はよくわかっていない[3]。他の島と同様に中華民国、中華人民共和国ベトナムフィリピンが領有権を主張している[1]

概要[編集]

  • 面積:約0.51平方キロメートル[4]サンゴ礁で構成され、海抜が低い平地で、東西全長約1,289.3 メートル・南北全長約 365.7 メートルと東西に細長い島である[5]
  • 位置:北緯 10 度 22 分 38 秒、東経114 度 21 分 59 秒 にある[5]
  • 気候:熱帯に属し、南西モンスーンの期間は雨期になる。
  • 空港:ほぼ島の東西全長に達する1,200mの滑走路を有する航空施設があり、中華民国政府は太平島空港と命名している。軍および海岸巡防署が利用している。
  • 港:南西部に天然のサンゴ礁を浚渫して作った人工の入り江があり、2015年1月時点で長さ50mと35mの浮桟橋を備えている。

名称の由来[編集]

太平島の名称は、1945年の日本の敗戦以降、1946年12月12日に中華民国海軍の軍艦「太平号」が現地に赴き、接収事務を行ったことによる[2]。中国語以外の名称としては、英語表記の"Itu Aba Island"(イツアバ島)がある。これはマレー語で「あれは何だ」という意味である。

歴史[編集]

  • 1907年に日本漁船が付近で操業開始。
  • 1929年4月に日本人が島での硫黄採掘事業が開始。世界恐慌の影響を受け間もなく採掘は中止となり、日本の業者は離島する。
  • 1933年4月にフランス軍が島を占拠、日本人を退去させる。
  • 1935年に平田末治と海軍省台湾総督府が協力して開洋興業株式会社を設立。1936年12月に開洋興業が硫黄採掘調査を実施。
  • 1939年4月に日本海軍による島の占拠が行われ「長島」と命名され、台湾高雄市の管轄となる[5]。その後、海軍陸戦隊・気象情報部隊・通信派遣部隊・偵察機部隊が駐屯[5]
  • 1944年に日本海軍により潜水艦基地が設置される[5]
  • 1945年12月に日本の敗戦に伴い中華民国政府は、「南沙管理処」を広東省に設置。発電施設および気象観測施設を修理。
  • 1946年10月にフランス軍による「西鳥島」および「長島」上陸が行われる。中華民国の抗議により両国で帰属を巡る協議が行われる予定であったが、第一次インドシナ戦争の影響でフランスが会談を放棄。
  • 1946年11月に中華民国政府は、「太平号」など4隻の軍艦を南沙諸島に派遣する。
  • 1946年12月に中華民国政府は、島を広東省の管轄とする。
  • 1949年12月に中華民国の蒋介石が、一旦崩壊した南京国民政府を台湾において再始動。
  • 1950年にフィリピン民間人が島に進出、硫黄の採掘を行う。
  • 1952年日華平和条約で、日本が太平島を含む南沙諸島の放棄を確認。
  • 1956年に中華民国はフィリピンから島を奪還し、海軍陸戦隊を駐屯させる[5]
  • 1960年9月に高雄郵便局の支局が設置される。
  • 1960年10月に測候所が気象台に昇格する。
  • 1963年7月に郵便局が台北市郵便局の管轄に変更される。
  • 1963年中華民国行政院に「南海開発チーム」が設置される。
  • 1968年に「南海開発チーム」が「南海資源開発所」に昇格する。
  • 1975年に中華民国政府が、フィリピン、ベトナム、マレーシアに対し南沙諸島の領有権は中華民国に帰属するとの声明を発表。
  • 1980年2月16日に中華民国行政院が、太平島を高雄市旗津区に帰属させることを発表。
  • 1992年6月12日に中華民国内政部に「南沙チーム」設立準備委員会が設置される。
  • 2000年1月に行政院に海岸巡防署が設立され、海岸巡防署(日本の海上保安庁に相当)が太平島を管轄する[5]

滑走路建設[編集]

  • 2005年12月に国防部が滑走路建設を発表。民間および人道支援目的の建設であることを強調し、滑走路は短すぎるため戦闘機の離着陸は不可能であり、軍事用途には使用不可能であるとした[6]
  • 2006年1月初頭に外交部がベトナムの抗議を受けて、太平島の滑走路建設に政治的・軍事的意図はないと表明[6]
  • 2006年1月の外交部声明発表の数日後に国防部前副部長が立法院国防委員会で、太平島の滑走路建設には戦略的考慮があると答弁[6]
  • 2006年に政府による滑走路建設が開始され、太平島の環境問題が注目されるようになる[7]
  • 2007年12月-2008年1月の間に滑走路完工使用開始され、1月21日に台湾空軍のC-130輸送機が秘密裏に初の太平島着陸に成功し、同日台湾に帰還する[8]
  • 2008年2月2日に陳水扁台湾総統が軍用機C-130で太平島に到着、空港落成使用開始式典を主催して駐留する軍関係者を慰問、島内施設を視察する[8]
  • 2015年7月7日に馬英九台湾総統が、太平島の埠頭などの整備を「積極的に進める」と「抗日戦争勝利70年」記念のシンポジウムの講演で述べた[9]。また台湾が昨年2月から太平島の埠頭新設や滑走路改修などの工事を始め、埠頭は年内にも完成予定と報じられている[9]

ハーグ仲裁裁判所判決後[編集]

  • 2016年7月12日、国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所が、太平島を含む南沙諸島(スプラトリー諸島)には法的に排他的経済水域(EEZ)を設けられる「島」はないと認定[10]したと報道された。また別の同判決に関する報道では、台湾(中華民国)が実効支配している「イトゥアバ(太平島)について『岩』だと認定」とも伝えている[11]。岩であれば領海のみ認められる。
  • 2016年9月20日、新たな構造物が4つ建設されたことが、グーグルアースで明らかとなった。これについて馮世寛国防部長は、「全ての軍事施設と用途は機密であり、説明しかねる。」、「太平島には強固な防衛能力があることを知ってほしい。」と語った。 また、海岸巡防署は「対外説明はできない」とコメントを控えた[3]
  • 2016年9月21日、台湾当局はグーグル社に、太平島について、グーグル・アースの衛星画像をモザイク処理するよう求めた。台湾国防部の陳中吉報道官は「軍事機密と安全を守るという前提条件のもと、重要な軍事施設の映像をぼかすようグーグルに要請した。」と述べ、海岸巡防署は「撮影場所が軍事エリアだとグーグルは認識していなかったかもしれない。」とみて、グーグルと協議中であることを認めた。これに対して、グーグル社は台湾の要請を検討していると述べた[12][13]。これにより、中国政府だけでなく、台湾政府までもが南沙諸島の軍事基地化を進めていることが明らかとなった[13]


脚注[編集]

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  1. ^ a b c d “台湾は、太平島の主権を主張”. daily Asia news (デイリーアジアニュース). (2015年7月8日). http://daily-asia.com/post-1489 2015年7月21日閲覧。 
  2. ^ a b 参考文献「台湾の南シナ海南沙諸島太平島における滑走路建設をめぐる論争とその政策的含意」26ページ
  3. ^ a b c <南シナ海>太平島に新たな構造物 憶測広がるも国防相「機密」/台湾 中央通訊社(2016年9月20日) 2016年9月25日閲覧
  4. ^ 外交部と農業委員会、「太平島陸地生態環境調査団」説明会を開催” (ja) (2016年1月25日). 2016年2月2日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g 参考文献「台湾の南シナ海南沙諸島太平島における滑走路建設をめぐる論争とその政策的含意」14ページ
  6. ^ a b c 参考文献「台湾の南シナ海南沙諸島太平島における滑走路建設をめぐる論争とその政策的含意」17-19ページ
  7. ^ 参考文献「台湾の南シナ海南沙諸島太平島における滑走路建設をめぐる論争とその政策的含意」20-23ページ
  8. ^ a b 参考文献「台湾の南シナ海南沙諸島太平島における滑走路建設をめぐる論争とその政策的含意」25ページ
  9. ^ a b “台湾総統、実効支配の太平島の整備「積極的に進める」と強調”. 産経ニュース (産経新聞社). (2015年7月7日). http://www.sankei.com/world/print/150707/wor1507070038-c.html 2015年7月21日閲覧。 
  10. ^ 「判決は南沙(英語名スプラトリー)諸島には法的に排他的経済水域(EEZ)を設けられる「島」はないと認定。」
    台湾総統府、仲裁判決「受け入れられず」” (2016年7月13日). 2016年7月13日閲覧。
  11. ^ 「仲裁裁がスプラトリー(中国名・南沙)諸島で台湾が実効支配するイトゥアバ(太平島)について「岩」だと認定」
    「岩」判定に反発、台湾も裁定を「受け入れない」”. 産経ニュース (2016年7月13日). 2016年7月13日閲覧。
  12. ^ 台湾、南沙諸島の島の画像にモザイク処理要求 グーグルに BBC(2016年9月21日) 2016年9月25日閲覧
  13. ^ a b 台湾、南沙諸島の太平島を軍事要塞化・Google Mapの映像で明らかに Business Newsline(2016年9月21日) 2016年9月25日閲覧

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]