大久保洋吉

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大久保洋吉
Yokichi-Okubo2010016.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都府中市
生年月日 (1944-10-15) 1944年10月15日(72歳)
所属団体 日本中央競馬会
初免許年 1976年(同年開業)
引退日 2015年2月28日(定年)
通算勝利 8990戦887勝
(中央8921戦878勝/地方66戦9勝/国外3戦0勝)
重賞勝利 47勝(うち地方交流5勝)
G1級勝利 10勝(うち地方交流2勝)
経歴
所属 大久保末吉(1972年-1976年、調教助手)
美浦T.C.(1976年-2015年、調教師)
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大久保 洋吉(おおくぼ ようきち、1944年10月15日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属していた元調教師大久保末吉の長男として生まれ、早稲田大学理工学部卒業後、建築士を経て競馬界に入る。1976年に調教師免許を取得し、1990年代後半にGI競走5勝を挙げたメジロドーベルなど数々の活躍馬を管理した。2015年、定年により引退。東京都府中市出身。

経歴[編集]

1944年、東京競馬場所属の騎手兼調教師・大久保末吉の長男として生まれる。幼少の頃から馬に親しみ、騎手になることを目標にしていたが、身体が大きくなり過ぎたために断念。私立明星中学校・高等学校を経て、早稲田大学理工学部建築学科に入学した[1]。建築の道へ進んだ理由は、図面描きが好きであったことによる[2]

大学卒業後は建築士として前田建設工業に入社、八幡製鐵君津工場(現・新日本製鐵君津製鐵所火力発電所の工事などに携わった[3]。その後、一級建築士資格も取得したが、父・末吉が高齢になっていたこと、また1964年にクラシック三冠を達成したシンザンの登場以来、競馬に対する世間のイメージ向上が進みつつあったことなどもあり、父を補佐するため1971年に前田建設工業を退社し、調教助手に転身した[4]

1976年に調教師免許を取得。半年開業を待った後、同年12月に管理馬初出走を迎えた。年を跨ぎ、翌1977年2月5日に初勝利を挙げ、当年12勝を挙げた。父・末吉がメジロムサシなど「メジロ」を冠名とする北野豊吉所有馬の管理を多数請け負っていたことから、洋吉は北野が創設したメジロ牧場からの預託馬を数多く手掛けた。1979年には初管理馬の1頭であるメジロファントム東京新聞杯に優勝し、管理馬の重賞初勝利を挙げた。同馬は1983年まで走り、目黒記念優勝のほか天皇賞有馬記念で計3度の2着など重賞戦線の名脇役として人気を博した。

1984年にはメジロジュピターメジロアンタレスで春秋の中山大障害を連覇するなど「メジロ」4頭で重賞勝利、年間では自身初の30勝を挙げ、関東の優秀調教師賞と重賞獲得調教師賞を受賞した。その後もコンスタントに重賞勝利を挙げ、年間では20勝前後の成績が続いた。1986年には、競馬キャスター・長岡一也の紹介で新進馬主の国本哲秀と知り合い、以後厩舎の主要顧客となった[5]。1992年に大久保の管理で初勝利を挙げたショウナングレイス(メジロファントムの又姪)は、国本の馬主業7年目での初勝利馬となった[6]。1994年には、競馬学校騎手課程を卒業した吉田豊を厩舎所属騎手として引き受け、以後吉田を主戦騎手とした。

1996年12月にメジロドーベル阪神3歳ステークスを制し、大久保は開業21年目、吉田はデビュー3年目でのGI競走初制覇を果たす。年間では37勝を挙げ、勝利度数ランキングで藤沢和雄に次ぐ全国2位に付けた。翌年には同馬で優駿牝馬(オークス)に優勝し、クラシック競走を初制覇。末吉が管理した曾祖母・メジロボサツが1966年のオークスで2着となっており、洋吉にとっては親子二代・31年越しの雪辱となった。当年は他に秋華賞制覇などを含む自己最高の40勝を挙げ、前年に次ぐ勝利度数2位(1位藤沢)を記録した。メジロドーベルは1999年の引退までにエリザベス女王杯2勝を加え、牝馬として当時最多のGI競走5勝を達成した。

以後大久保は関東所属調教師の上位に定着し、安定して30勝以上を記録していった。2002年にはショウナングレイスの産駒・ショウナンカンプ高松宮記念に優勝、2004年にはショウナンパントルで阪神ジュベナイルフィリーズを制した。メジロ、ショウナン以外の管理馬では、リージェントブラフで2002年の川崎記念オーロマイスターで2010年のマイルチャンピオンシップ南部杯を制している。

定年引退を翌年に控えた2014年にはショウナンラグーン青葉賞を制し、大久保にとって10年ぶりにして最後となる「競馬の祭典」東京優駿(日本ダービー)への出走権を得た。同馬はメジロドーベルの孫に当たり、大久保は「2戦で引退したおっかさん(メジロシャレード)の無念もあってリベンジの思いも強かった。一番うれしい勝利だ」と涙ながらに語った[7]。本番では6着で、2004年ハイアーゲームでの3着が日本ダービーでの最高成績となった。

2015年2月28日付けで定年により調教師を引退[8]。通算8990戦887勝(うち中央8921戦878勝)、GI競走10勝を含む重賞45勝。

調教師引退後は日刊スポーツで毎月1回「大久保洋吉元調教師 もの申す」を連載。[9]また、テレビ東京などで放送されているウイニング競馬にゲスト解説という形で時々出演している。

通算成績[編集]

区分 1着 2着 3着 4着以下 出走数 勝率 連対率
1976年 平地 0 0 2 7 9 .000 .000
1977年 平地 12 9 12 97 130 .092 .162
障害 0 0 0 5 5 .000 .000
12 9 12 102 135 .089 .156
1978年 平地 8 6 9 51 74 .108 .189
障害 2 4 1 9 16 .125 .375
10 10 10 60 90 .111 .222
1979年 平地 7 5 11 72 95 .074 .126
障害 3 1 1 2 7 .429 .571
10 6 12 74 102 .098 .157
1980年 平地 12 5 11 98 126 .095 .135
1981年 平地 21 14 25 202 262 .080 .134
障害 1 0 1 4 6 .167 .167
22 14 26 206 268 .082 .134
1982年 平地 22 20 23 152 217 .101 .194
障害 1 1 1 2 5 .200 .400
23 21 24 154 222 .104 .198
1983年 平地 9 10 15 119 153 .059 .124
障害 7 7 1 6 21 .333 .667
16 17 16 125 174 .092 .190
1984年 平地 24 19 23 93 159 .151 .270
障害 6 4 5 8 23 .261 .435
30 23 28 101 182 .165 .291
1985年 平地 19 22 23 118 182 .104 .225
障害 4 4 4 11 23 .174 .348
23 26 27 129 205 .112 .239
1986年 平地 21 21 23 120 185 .114 .227
障害 4 2 3 12 21 .190 .286
25 23 26 132 206 .121 .233
1987年 平地 17 23 21 109 170 .100 .235
障害 2 2 1 9 14 .143 .286
19 25 22 118 184 .103 .239
1988年 平地 24 18 12 101 155 .155 .271
障害 9 3 1 15 28 .321 .429
33 21 13 116 183 .180 .295
1989年 平地 16 19 23 116 176 .092 .201
障害 1 0 1 6 8 .125 .125
17 19 24 122 184 .093 .198
1990年 平地 27 13 14 97 151 .179 .265
障害 2 1 2 3 8 .250 .375
29 14 16 100 159 .182 .270
1991年 平地 10 13 10 93 126 .079 .183
障害 0 2 1 4 7 .000 .286
10 15 11 97 133 .075 .188
1992年 平地 15 10 15 96 136 .110 .184
障害 3 2 1 6 12 .250 .417
18 12 16 102 148 .122 .203
1993年 平地 8 4 10 84 106 .075 .113
障害 0 0 0 3 3 .000 .000
8 4 10 87 109 .073 .110
1994年 平地 10 18 9 144 181 .055 .155
障害 0 1 1 10 12 .000 .083
10 19 10 154 193 .052 .150
1995年 平地 23 22 22 182 249 .092 .181
障害 2 3 0 4 9 .222 .556
25 25 22 186 258 .097 .194
1996年 平地 34 28 32 207 301 .113 .206
障害 3 3 0 6 12 .250 .500
37 31 32 213 313 .118 .217
1997年 平地 37 32 22 213 304 .122 .227
障害 3 0 2 10 15 .200 .200
40 32 24 223 319 .125 .226
1998年 平地 25 22 25 203 275 .091 .171
障害 3 1 2 15 21 .143 .190
28 23 27 218 296 .095 .172
1999年 平地 30 23 18 181 252 .119 .210
障害 6 2 1 8 17 .353 .471
36 25 19 189 269 .134 .227
2000年 平地 28 21 31 211 291 .096 .168
障害 0 1 0 11 12 .000 .083
28 22 31 222 303 .092 .165
2001年 平地 29 28 22 183 262 .111 .218
障害 2 0 1 4 7 .286 .286
31 28 23 187 269 .115 .219
2002年 平地 33 27 24 191 275 .120 .218
障害 0 0 2 8 10 .000 .000
33 27 26 199 285 .116 .211
2003年 平地 34 33 36 202 305 .111 .220
障害 1 3 1 8 13 .077 .308
35 36 37 210 318 .110 .223
2004年 平地 32 22 29 257 340 .094 .159
障害 4 0 1 9 14 .286 .286
36 22 30 266 354 .102 .164
2005年 平地 26 29 24 164 243 .107 .226
障害 3 2 1 10 16 .188 .313
29 31 25 174 259 .112 .232
2006年 平地 34 37 37 236 344 .099 .206
障害 0 0 0 1 1 .000 .000
34 37 37 237 345 .099 .206
2007年 平地 31 25 22 237 315 .098 .178
障害 1 1 0 2 4 .250 .500
32 26 22 239 319 .100 .182
2008年 平地 21 23 23 249 316 .066 .139
障害 0 0 0 1 1 .000 .000
21 23 23 250 317 .066 .139
2009年 平地 23 23 26 250 322 .071 .143
障害 0 0 0 1 1 .000 .000
23 23 26 251 323 .071 .143
2010年 平地 16 20 31 226 293 .055 .123
障害 0 0 0 7 7 .000 .000
16 20 31 233 300 .053 .120
2011年 平地 16 26 22 209 263 .061 .160
障害 3 1 2 15 21 .143 .190
19 27 14 214 284 .067 .162
2012年 平地 10 19 17 184 230 .043 .126
障害 2 1 0 13 16 .125 .190
12 20 17 197 246 .049 .130
2013年 平地 15 10 15 203 243 .062 .103
障害 0 1 1 13 15 .000 .067
15 11 16 216 258 .058 .101
2014年 平地 14 11 14 175 214 .065 .117
障害 3 1 0 15 19 .158 .219
17 12 14 190 233 .073 .124
2015年 平地 4 3 1 33 41 .093 .163
障害 0 0 0 2 2 .000 .000
4 3 1 35 43 .093 .162
平地 797 733 774 6,165 8,469 .094 .180
障害 81 54 39 278 452 .179 .298
総計 878 787 813 6,443 8,921 .098 .187

数字は中央のみ。上記のほか地方競馬および日本国外で通算69戦9勝。

日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1976年12月4日 - カツラトウショウ - - 8着
初勝利 1977年2月5日 - ヤノガイセイ - - 1着
重賞初出走 1978年1月15日 京成杯 メジロファントム 7頭 5 2着
重賞初勝利 1979年2月4日 東京新聞杯 メジロファントム 18頭 2 1着
GI初出走 1978年12月17日 有馬記念 メジロファントム 15頭 14 13着
GI初勝利 1996年12月1日 阪神3歳牝馬S メジロドーベル 10頭 2 1着

受賞[編集]

主な管理馬[編集]

GI級競走優勝馬
その他重賞競走優勝馬

主な厩舎所属者[編集]

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

  • 土田稔(1974年-1992年 調教助手)
  • 谷原義明(1981年-1985年 騎手)
  • 吉田豊(1994年-2015年 騎手)
  • 戸田博文(1995年-2000年 調教助手)
  • 高橋智大(1999年-2009年 騎手)
  • 尾関知人(2002年-2008年 調教助手)
  • 清水英克(2004年 調教助手)

親族[編集]

中央競馬には上記の他に大久保房松大久保石松など大久保姓の者が数多いが、それぞれに近親関係はない。しかし、洋吉によれば、いずれも家祖は青森県八戸市の同じ集落にあり、「江戸時代ぐらいまで遡ればおそらく親戚」という[10]

関連項目[編集]

  • アサマユリ - 洋吉管理下の活躍馬を数多く輩出する「アサマユリ系」の牝祖。
  • 鈴木康弘 - JRA調教師。中学校・高校時代の同級生であり、早稲田大学に進み同期卒業、調教師としても同年に開業した。
  • 競馬の調教師一覧

脚注[編集]

  1. ^ 木村(1997)585-586頁。
  2. ^ 『優駿』2002年5月号、52頁。
  3. ^ 木村(1997)588頁。
  4. ^ 木村(1997)588-589頁。
  5. ^ 大塚(2003)25-26頁。
  6. ^ 大塚(2003)29頁。
  7. ^ ラグーンV!大久保洋師、涙のダービー切符”. Sponichi Annex (2014年5月4日). 2014年6月1日閲覧。
  8. ^ レーシングトピックス(2015年3月1日)”. 日本中央競馬会 (2015年3月1日). 2015年3月15日閲覧。
  9. ^ 新潟で大久保洋元調教師がトークショー”. 日刊スポーツ (2016年1月30日). 2015年8月9日閲覧。
  10. ^ 『優駿』1997年10月号、81頁。

参考文献[編集]

  • 木村幸治『調教師物語』(洋泉社、1997年)ISBN 978-4896912920
  • 大塚美奈『馬と人、真実の物語(2)』(アールズ出版、2003年)ISBN 4901226525
  • 『優駿』1997年10月号(日本中央競馬会)「杉本清の競馬談義150 大久保洋吉調教師」
  • 『優駿』2002年5月号(日本中央競馬会)「優駿インタビュー 大久保洋吉調教師『透徹した意志』」