加賀市沖不審船事件

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加賀市沖不審船事件(かがしおきふしんせんじけん)は、1971年(昭和46年)7月31日夜に石川県加賀市で起きた北朝鮮不審船及び工作員侵入事件である。

概要[編集]

同日夜、同市篠原新町の浜辺から沖を眺めていた地元住民が、定置網付近を通る不審船らしき船を見つけ、警察に通報。間もなく現場に警察が到着し、地元住民と動向を見守った。

不審船は少しずつ浜辺に接近し、やがて着岸した。間もなく工作員らしき2名の人影が降り立ち、辺りを詮索するようにしながら警察や地元住民の近くに接近してくる。ここで警察が初めて声をあげ、侵入を気づかれた工作員は慌てて船に戻って逃亡していくが、地元住民との協力で1人は逮捕した。残る1人は船に戻り、侵入時以上の速さで沖へ向かった。これは更に沖合にとどまっていた母船からロープが装着されていた為だった。

逮捕された北朝鮮の工作員は「航行に迷った末の不時着」と供述したが、所持品の中から毒薬入りの瓶と乱数表などが見つかり押収されている。

一方、船を引き戻した母船は陸地に向かってサーチライトを照らした。その明るさに銃撃される危険性を感じた人々は一斉にテトラポット民家の陰に隠れた。しかし母船は間もなくサーチライトを消すと暴走族の発するような轟音を出して沖に消えて行った。

その後[編集]

北朝鮮による日本人拉致問題を早くから取材してきた朝日放送石高健次プロデューサーは、自身の著書の中で「工作員が侵入するポイントとして能登半島が格好の的になっている」と述べた上で、侵入した工作員を逮捕した事例としてこの事件を取り上げている。

著書は横田めぐみの拉致事案から先に記載されているが、石高プロデューサーの取材で横田めぐみが失踪したと思われる時刻より少し後に、加賀市の不審船が出した轟音を近所の人達も聞いていたことが分かっている。石高プロデューサーは単純に轟音というだけで拉致との直接的な関係は断言できないが、不審船や工作員の侵入に際し、このような轟音を聞いた人がいる可能性を示唆している。

逮捕された工作員が、その後どうなったかは不明のままである。

参考文献[編集]

  • これでもシラを切るのか北朝鮮―日本人拉致 続々届く「生存の証」(石高健次著、光文社刊)

関連項目[編集]