金容淳

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金 容淳(キム・ヨンスン、1934年7月5日 - 2003年10月26日)は、朝鮮民主主義人民共和国政治家朝鮮労働党書記。主に対南工作担当を務めた。

略歴[編集]

1934年、平安南道生まれ。金正日の実母、金正淑の実弟とされている。金日成総合大学法学部国際関係学科卒業。1980年10月に朝鮮労働党中央委員に就任。1982年2月に最高人民会議代議員に就任。1990年5月に党の国際担当書記に就任して韓国日本アメリカなどの西側諸国外交交渉を行う。1992年12月に対南工作担当の党書記、党政治局員候補に就任して韓国との南北交渉を行う。1993年4月に最高人民会議統一政策委員長に就任。1993年8月に祖国平和統一委員会副委員長に就任。1994年7月に朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長に就任。1998年11月に祖国平和統一委員会委員長に就任。

1999年4月に祖国平和統一委員会副委員長に復帰する。2003年6月に交通事故に遭遇。2003年10月26日に事故から回復せず死去。

関連項目[編集]