中延

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中延
—  町丁  —
中延スキップロード
中延の位置(東京23区内)
中延
中延
中延の位置
座標: 北緯35度36分21.29秒 東経139度42分44.61秒 / 北緯35.6059139度 東経139.7123917度 / 35.6059139; 139.7123917
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shinagawa, Tokyo.svg 品川区
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 15,569人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 142-0053[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

中延(なかのぶ)は、東京都品川区の地名。現行行政地名は中延一丁目から中延六丁目。郵便番号は142-0053[2]

地理[編集]

品川区南西部に位置する。町域北部は26号線通り(東京都道420号鮫洲大山線)に接し、これを境に品川区平塚に接する。東部は一丁目・二丁目・三丁目は品川区東中延に接する。また、四丁目・六丁目では第二京浜に接し、品川区豊町・品川区二葉・品川区西大井にそれぞれ接する。南部は大田区北馬込に接する。西部は品川区西中延旗の台にそれぞれ接する。町域内を荏原文化センター通り、昭和通り、弁天通り、大原通りがそれぞれ通っている。また、地域内を東急池上線東急大井町線線路が通っている。

町域内は第二京浜沿いに商業ビルやマンション等の高層建造物、駅周辺に商店街(中延スキップロード、荏原町商店街など)が伸びる他は住宅地として利用される。

歴史[編集]

享保15年(1730年)の『本化別頭仏祖統紀』には、13世紀荏原郡領主荏原義宗が中延郷に居住していたとある[4]弘治2年(1556年北条氏康の家人大道寺直政・清水永英により山野が開拓された。永禄2年(1559年)の『小田原衆所領役帳』には「中之部」として見える。

江戸時代には荏原郡中延村。当初全域が天領で、伊奈氏に支配された。その後村内55石が松風十左衛門に与えられたが、1664年寛文4年)養子の五郎右衛門が殺傷事件を起こして改易され、寺領となった。天領は寛政4年(1792年)の伊奈氏改易後は大貫光豊支配となった。19世紀前半の一時期、下中延村が分立した。

1889年明治22年)町村制施行により平塚村の大字となる。1932年昭和7年)より荏原区中延町。1941年(昭和16年)中延・東中延・西中延などに分割された。1965年(昭和40年)住居表示実施により中延と東中延の一部が中延一~六丁目に編成された。

地名の由来[編集]

荏原郡など何らかの中部に位置したことによるともいわれるが、不明である。江戸時代までは「なかのべ」と読んだ。

同潤会荏原普通住宅地[編集]

中延二丁目には周囲と異なる街区パターンの住宅地があり、これはかつての同潤会荏原普通住宅地である。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
中延一丁目 1,231世帯 2,172人
中延二丁目 1,438世帯 2,498人
中延三丁目 1,008世帯 1,802人
中延四丁目 1,899世帯 3,196人
中延五丁目 1,721世帯 2,793人
中延六丁目 1,781世帯 3,108人
9,078世帯 15,569人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

丁目 番地 小学校 中学校
中延一丁目 全域 品川区立中延小学校 品川区立荏原平塚学園
中延二丁目 1~7番
その他 品川区立延山小学校
中延三丁目 1~7番
10〜11番
その他 品川区立源氏前小学校
中延四丁目 2~14番
18番~21番
その他 品川区立荏原第五中学校
中延五丁目 1〜2番
7~12番
品川区立旗台小学校
その他 品川区立源氏前小学校
中延六丁目 全域

交通[編集]

町域内に東急大井町線荏原町駅、同線と都営浅草線中延駅が置かれている。西部では荏原町駅が、東部では中延駅が利用される(東部の境界にある都営浅草線の中延駅の所在地は隣の東中延になっている)。また、北東部には東中延にまたがり東急池上線荏原中延駅があり、こちらも多く利用されている。また第二京浜などを走っているバス路線も利用可能である。

施設[編集]

出身・ゆかりのある人物[編集]

  • 宮野作太郎、宮野清太郎、宮野武男、宮野留二郎、宮野初五郎、宮野芳太郎(地主[6]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 世帯と人口‐例月表 【地区別、町丁別、地域センター別】”. 品川区 (2017年12月6日). 2017年12月21日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月21日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月21日閲覧。
  4. ^ これが文永年間館跡に開山したのが法蓮寺とされ、現在の地名では旗の台にあたる。
  5. ^ 学区域”. 品川区 (2017年9月19日). 2017年12月21日閲覧。
  6. ^ 『日本紳士録 第40版』東京ミの部545-546頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月1日閲覧。

参考文献[編集]

  • 交詢社編『日本紳士録 第40版』交詢社、1936年。

外部リンク[編集]