ラムザタワー

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ラムザタワー
ラムザタワー3.JPG
施設情報
所在地 埼玉県さいたま市沼影1丁目
座標 北緯35度50分39.2秒 東経139度38分48.1秒 / 北緯35.844222度 東経139.646694度 / 35.844222; 139.646694座標: 北緯35度50分39.2秒 東経139度38分48.1秒 / 北緯35.844222度 東経139.646694度 / 35.844222; 139.646694
状態 完成
着工 1995年平成7年)10月1日
竣工 1998年平成10年)5月
用途 共同住宅オフィス店舗
建設費 約212億円
地上高
高さ 107.665m
各種諸元
階数 地上27階、地下1階
敷地面積 10,401
建築面積 7,262
延床面積 72,600㎡(施設全体)33,500㎡(住居棟)
構造形式 鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造
戸数 326戸
駐車台数 339台
関連企業
設計 久米設計、アイテック計画
施工 錢高組前田建設工業JV
デベロッパー リクルートコスモス東日本旅客鉄道
住宅棟
住宅棟と業務棟
ラムザタワー北側

ラムザタワーは、埼玉県さいたま市南区にある超高層ビル武蔵浦和駅周辺の再開発によるもので、超高層マンションオフィス商業施設からなる複合施設となっている。全国生活協同組合連合会の本部が置かれている。

概要[編集]

浦和市による再開発事業として武蔵浦和駅周辺の9街区が開発する計画となった。そのうちの最初の再開発事業として武蔵浦和駅第2街区第一種市街地再開発事業が着手され[1]、同時に武蔵浦和駅西口からラムザタワーまでのペデストリアンデッキも建設された。埼京線の計画が浮上した頃、環境開発(リクルートコスモスの前身)が現在の3街区の大半と2街区の一部を取得し、浦和市側から再開発の要望を受けてプロジェクトが始まった。当初は建設省のインテリジェントシティ構想に沿って1棟のビルに住宅と業務を半分ずつ入居させる予定であったがバブルが崩壊し、テナント交渉が破談した。その後生協連グループの入居が決定し、2棟の構造へと変更された。旧浦和市の再開発事業としては浦和元町シティに次ぎ2例目で、浦和市内初めての100mを超える超高層建築物でもあった。また、リクルートコスモスにおいては初の再開発事業で、東日本旅客鉄道においては初めての再開発住宅の分譲であった。地権者により完成までの全記録が『ラムザ物語』として書籍化された(主にさいたま市図書館に所蔵)。人口10数人だったエリアに再開発後は約1000人が居住、約1000人が働いている。

沿革[編集]

  • 1987年(昭和62年)4月 - 武蔵浦和駅西口第2街区再開発協議会発足。12月には市街地再開発準備組合発足。
  • 1993年(平成5年)12月3日 - 再開発事業の都市計画が決定。
  • 1995年平成7年)10月1日 - 起工式[2]
  • 1996年(平成8年)5月 - 街区名称を「LAMZA」に決定。愛をメインに「LOVE」「AMUSE」「MUSASHI URAWA」「ZONE」「ADVANCE」の頭文字から取られた。
  • 1997年(平成9年)3月 - 区分所有者出資のラムザ都市開発を設立。
  • 1998年平成10年)5月 - 竣工。
  • 1998年(平成10年)6月 - まちづくり事業関連優良団体として建設大臣賞を受賞。
  • 1998年(平成10年)12月 - '98彩の国さいたま景観奨励賞を受賞。

施設[編集]

住宅棟の下層階と線路側(東側)に建つ業務棟にはオフィスや商業施設などが入居している。特に東側の棟には竣工時から全国生活協同組合連合会の本部が入居し、「全国生協連グループビル」となっている。また線路側の公共空地には公共駐輪場を備えた「四季彩アベニュー」があり、屋上はペデストリアンデッキと一体化した屋上庭園となっている。

1階
3階
  • 埼玉県武蔵浦和合同庁舎
    • 埼玉県警察少年サポートセンター
    • 埼玉県防犯・交通安全課(分室)
    • 埼玉犯罪被害者援助センター
    • 埼玉県警察犯罪被害者支援室
  • ハローワーク浦和・職業支援サテライト
  • ベストメディカルサービス
4階
5階
6階
  • 都市再生機構 東日本賃貸住宅本部 埼玉エリア経営部
7階

脚注[編集]

関連項目[編集]