ミカド (オペレッタ)

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「ミカド」のポスター。ヤムヤム、ピッティ・シング、ピープ・ボーの三姉妹が描かれている。

ミカド (The Mikado) は、1885年3月14日にイギリスロンドンで初演された喜歌劇(オペレッタ)作品である。脚本はウィリアム・S・ギルバート、作曲はアーサー・サリヴァンである。

概要[編集]

当時、ロンドンのナイツブリッジ日本博覧会英語版が人気を博し、イギリスでは空前の日本ブームが起きていた。『ミカド』はこのブームに乗じた一種のジャポニスムまたはオリエンタリズムである。

当時の英国の世相、わけても上流階級や支配階級に対する辛辣な風刺を含む一方で、作品の舞台を英国からできるだけ遠い「未知の国・日本」に設定することで、「これは遠い国の話で英国とは関係ない」として批判をかわそうとしている。

登場人物[編集]

  • ミカド(): 日本を支配している一番偉い人。彼の好き嫌いがそのまま法律である。
  • ナンキ・プー: 流しの旅芸人に変装している皇太子。
  • ヤムヤム: ティティプーに住んでいる美しい娘。ココに養われている。
  • ココ: 元来は身分の低い仕立て屋。後にティティプーの死刑執行大臣 (Lord High Executioner of Titipu) 。ヤムヤムの後見人かつ婚約者。
  • プーバー: ココより位の高い者。死刑執行以外の全ての大臣 (Lord High Everything Else) 。
  • ピシュ・タッシュ: プーバーより位の高い貴族
  • カティーシャ: ナンキ・プーの婚約者で年増の醜女。帝の義理の娘になることに野心を燃やす。
  • ピッティ・シングとピープ・ボー: ヤムヤムの姉妹。ココに養われている。

劇中の固有名詞[編集]

登場人物の名には日本語と無関係な、あたかも中国東南アジア固有名詞を想起させる英語幼児語を用いている。また、物語の舞台「日本の首都ティティプー」は日本語話者が聞くといかにも架空の街という響きであるが、秩父(チチブ)のことではないかとする見方もある。

猪瀬直樹の著書『ミカドの肖像』と永六輔のラジオ番組が秩父説の伝播に一役買ったようである。秩父説の根拠としては、初演の前年に秩父事件が英国の新聞でも報道されていたこと、また、事件の前後にも秩父の名は製品の輸出で西ヨーロッパに知られていたことが挙げられる。

なお、今日秩父のローマ字表記はヘボン式のChichibuが一般的であるが、19世紀の日本では内閣訓令式と後に呼ばれることになる転写法を用いたTitibuの綴りが一般的だった。これが転じてTitipuとなったとも見ることが出来る。ちなみに、第二次世界大戦前の日本最大の豪華客船鎌倉丸(日本郵船、17,498gt)は竣工当初「秩父丸」 (Chichibu Maru) と称していたが、1938年にヘボン式ローマ字の綴りが禁止となり、内閣訓令式に基づいたTitibu Maruにローマ字表記を改めたが、titがアメリカのスラング乳首を表す言葉だということで、翌1939年に鎌倉丸に改名した。

ストーリー[編集]

日本の都ティティプーの死刑執行大臣ココの屋敷に一人の見知らぬ旅芸人がやってきた。彼の名はナンキ・プー。身分を隠しているが、実は日本の若くハンサムな皇太子である。彼は父の帝(みかど)が決めた年増で醜女のカティーシャとの結婚から逃れるため、家出して流しの旅芸人に身をやつしていたのだった。そこで皇太子は美しい娘ヤムヤムと出会い恋に落ちる。しかし、ヤムヤムは彼女の後見人であるココと婚約していることを知り、大いに落胆する。ココはもともと服の仕立て屋で身分が低かったのだが、貴族のピシュ・タッシュへの賄賂が功を奏し死刑執行大臣に昇進したばかりであった。

ここで事件が起きる。ココとヤムヤムが「いちゃつきの罪」で死刑を宣告されてしまう。しかしココは自身が死刑執行大臣であるため死刑執行は不可能である。この法律は代わりに死刑になる者が見つかれば助かるというものであった。そんな折、皇太子ナンキ・プーはあの美しいヤムヤムが死刑になると聞き、絶望のあまり自殺を考える。それを聞いたココは、しめたとばかりにナンキ・プーに死刑の代役を依頼する。ナンキ・プーが死刑の代役を引き受ければヤムヤムは命が助かるが、それでは同時にココも助かってしまう。そうなるとナンキ・プーとしては、自分の死後に二人が結婚するのが面白くない。そこでナンキ・プーはココに条件を一つ出す。「1ヶ月間はヤムヤムを自分の花嫁にすること」という条件である。ココは自分が助かるので大喜びで受諾する。

悲劇のヒロインとなったヤムヤムだが気を取り直し、ナンキ・プーとの1ヶ月間の新婚生活を徹底的に楽しむことにする。しかしその矢先、帝の定めた法律では「夫が死刑になった場合は妻は生きたまま埋葬される」という条項があることを知る。それだけは御免こうむりたいヤムヤムはナンキ・プーとの結婚に躊躇する。

一方、帝は近ごろ死刑執行が少ないと怒り、早く死刑を執行するようココ大臣に命じる。そこにナンキ・プーの許婚であるカティーシャが彼を追ってやってくる。カティーシャは死刑名簿の中にナンキ・プーの名前を見つけたので止めに入る。しかしヤムヤムとの色恋沙汰を知り憤慨したカティーシャは、今度は逆にナンキ・プーを死刑にしようと画策するが、ティティプーの民衆から追い出されてしまう。

プーバーとココは死刑をするのがいやなので、「既にナンキ・プーを死刑に処した」と嘘をつくことにした。そこへ帝がティティプーの街を来訪。ココ、プーバー、ピッティ・シングの三人は死刑執行の話をでっちあげて帝を納得させる。カティーシャから皇太子が街に来ていると聞いていた帝は皆に尋ねる。その皇太子の名がナンキ・プーであることを初めて知り、民衆は驚く。皇太子が死刑になったと聞いた帝は怒り心頭に発し、ティティプー市民全員を死刑にすると宣告する。街はパニックと化す。

ココはナンキ・プーに1ヶ月後に死ぬのはやめてほしいと頼む。しかしナンキ・プーはカティーシャと結婚するのがいやなので、生きることを躊躇する。するとピッティ・シングがココとカティーシャとの結婚を提案する。ココ以外が全員賛成する。しかしその後ココもカティーシャを好きになる。ココは帝にナンキ・プーの生存を報告し、自分とカティーシャの結婚のお伺いを立てて許可される。めでたし、めでたしのハッピーエンディング。

挿入歌[編集]

Gnome-speakernotes.png "Favorite airs from The Mikado" (1914)
  • 1. "If you want to know who we are" (ナンキ・プー他)
  • 2. "A Wand'ring Minstrel I" (ナンキ・プー他)
  • 3. "Our Great Mikado, virtuous man" (ピシュタッシュ他)
  • 4. "Young man, despair" (プーバー、ナンキ・プー、ピシュタッシュ)
  • 4a. "And I have journeyed for a month" (ナンキ・プー、プーバー)
  • 5. "Behold the Lord High Executioner" (ココ他)
  • 5a. "As some day it may happen" (ココ他)
  • 6. "Comes a train of little ladies" (女性コーラス)
  • 7. "Three little maids from school are we" (ヤムヤム、ピーボー、ピッティシング他)
  • 8. "So please you, Sir, we much regret" (ヤムヤム、ピーボー、ピッティシング、プーバー他)
  • 9. "Were you not to Ko-Ko plighted" (ヤムヤム、ナンキ・プー)
  • 10. "I am so proud" (プーバー、ココ、ピシュタッシュ)
  • 11. "With aspect stern and gloomy stride" (合唱)
  • 12. "Braid the raven hair" (ピッティシング他)
  • 13. "The sun whose rays are all ablaze" (ヤムヤム)
  • 14. "Brightly dawns our wedding day" (ヤムヤム、ピッティシング、ナンキ・プー、ピシュタッシュ)
  • 15. "Here's a how-de-do" (ヤムヤム、ナンキ・プー、ココ)
  • 16. "Mi-ya Sa-ma" (ミカド、カティーシャ他)
  • 17. "A more humane Mikado" (ミカド他)
  • 18. "The criminal cried as he dropped him down" (ココ、ピッティシング、プーバー他)
  • 19. "See how the Fates their gifts allot" (ミカド、ピッティシング、プーバー、ココ、カティーシャ)
  • 20. "The flowers that bloom in the spring" (ナンキ・プー、ココ、ヤムヤム、ピッティシング、プーバー)
  • 21. "Alone, and yet alive" (カティーシャ)
  • 22. "Willow, tit-willow" (ココ)
  • 23. "There is beauty in the bellow of the blast" (カティーシャ、ココ)
  • 24. "For he's gone and married Yum-Yum" (合唱)

録音[編集]

Three little Maids from school

備考[編集]

設定では登場人物は全員日本人であるが、その名称は日本人らしいものではなく、英語の幼児語が関係している。例えば「ナンキ・プー」はハンカチを表す幼児語といった具合。設定や演出の段階で日本と中国を大きく混同している部分がしばしば見受けられ、劇中では帝が中国の皇帝のように振舞ったり、中国風の衣装を着た踊り子が登場したりする。

ナンキ・プーが三味線ギターのように持ち、素手で弾く場面がある。

戦前、天皇をからかっているという理由で、在連合王国日本国大使館が英国外務省に抗議し、上演禁止を要請したという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。日本国内では、外国人向けのホテルなどで題名を伏せたり見張りつきで上演したという話も残っている。公式な日本初演は1946年8月12日アーニーパイル劇場で、指揮は当時連合軍将校として日本に赴任していたピアニストホルヘ・ボレット

1907年伏見宮博恭王日露戦争の際の英国の協力への返礼のため国賓として訪英した折、英国政府はロンドン中の劇場ミュージック・ホールに対して喜歌劇『ミカド』の上演および抜粋の演奏を禁止した。が、当の伏見宮はロンドンではやりの、しかも日本を舞台にした喜歌劇を聴けなかったことを残念がったという。また、皮肉なことに、随行した日本海軍軍楽隊が、こともあろうに禁じられた筈の『ミカド』に使われた「トコトンヤレ節」をテムズ川で演奏したという逸話も残っている。

戦後の演出では登場人物たちが背広に眼鏡といった、ステレオタイプの「日本人サラリーマンの格好」をしている舞台もある。舞台衣装に使われた色はミカドイエローと呼ばるようになった。