ハイデン・フォックス

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ハイデン・フォックス Football pictogram.svg
Hayden Foxe.jpg
名前
愛称 フォクシー
ラテン文字 Hayden FOXE
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1977-06-23) 1977年6月23日(41歳)
出身地 シドニー
身長 185cm(193cm[1])
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
ユース
オーストラリアの旗 ブラックタウンシティFC英語版
1994-1995 オーストラリアの旗 オーストラリア国立スポーツ研究所
1995-1997 オランダの旗 アヤックス・アカデミー
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1997-1998 ドイツの旗 アルミニア・ビーレフェルト 1 (0)
1998-2000 日本の旗 サンフレッチェ広島 37 (5)
2000-2002 イングランドの旗 ウェストハム 12 (0)
2000-2001 ベルギーの旗 KVメヘレン (loan) 4 (0)
2002-2005 イングランドの旗 ポーツマス 46 (2)
2006-2007 イングランドの旗 リーズ 21 (1)
2007-2009 オーストラリアの旗 パース・グローリー 8 (0)
2010-2011 オーストラリアの旗 シドニーFC 25 (0)
代表歴2
1998-2003 オーストラリアの旗 オーストラリア 11 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年2月28日現在。
2. 2007年10月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ハイデン・ベルノン・フォックス(Hayden Vernon Foxe[1]1977年6月23日 - )は、オーストラリア出身の元サッカー選手、指導者。ポジションはDF

メルボルン・ハートFCアシスタントコーチ。

経歴[編集]

現役時代[編集]

リベロ、ストッパーのどちらでもできるタイプのセンターバック。 U-17オーストラリア代表から各年代別代表に名を連ね、日本で行われた1993 FIFA U-17世界選手権、マレーシアで行われた1997 FIFAワールドユース選手権にも出場している。U-23代表にも選出され1996年のアトランタオリンピックと2000年のシドニーオリンピックに出場した[2]

オーストラリア国立スポーツ研究所(AIS)出身[3]。1995年、オランダアヤックス・アムステルダムが興味を示し招待される形でアヤックス・アカデミーに18ヶ月在籍する[3][4]。一時オーストラリア・ブラックタウンシティ・デーモンズに所属した。

1997年ドイツのアルミニア・ビーレフェルトへ移籍しプロデビュー。

1998年5月、エディ・トムソンが監督を務めていたJリーグサンフレッチェ広島に入団し[4]トニー・ポポヴィッチ上村健一と共に3バックを形成した[5]1999年天皇杯3回戦対本田技研戦では失点にも絡むもハットトリックも決め勝利に導いている[6]。2000年7月、契約満了[1]

2000年6月、ハリー・レドナップ率いるウェストハム・ユナイテッドへ移籍する[7]。労働ビザ発給の関係で一時ベルギーのメヘレンにレンタル移籍した。2001年3月にウェストハムに復帰したが、レドナップが解任されると出場機会を失う。

2002年5月、そのレドナップの影響により移籍金400,000ポンドポーツマスFCに移籍した[7]。ポーツマスでは中心選手として2002-03シーズンにフットボールリーグ1部優勝に導き、プレミアリーグ昇格に貢献した。しかし、怪我の影響もあって2005年6月ポーツマスから契約解除されオーストラリアに戻りリハビリする。

2006年8月、リーズ・ユナイテッドAFCと契約する[8]。同シーズン末、リーズが破産しペナルティとしてフットボールリーグ1降格が決定した[9] ことに伴い、退団する。

2007年、オーストラリアのパース・グローリーFCに移籍、膝の怪我の為、シーズン前期は出場を逃したが、後期に復帰を果たし6試合に出場した。翌シーズン2試合のみ出場後契約満了される[10]

2010年1月、シーズン途中に守備陣が手薄となっていたシドニーFCと契約し[10]、同シーズン優勝に貢献した[2][3]。活躍が認められ翌シーズンも引き続き在籍、副キャプテンを務めた。2011年2月に現役引退した[2]

指導者時代[編集]

2011年、ジョン・アロイージらと共にUEFAB級ライセンスを取得する[3]。2012年、メルボルン・ハートFCユースコーチに就任し、同年途中からアロイージ率いるトップチームに昇格しアシスタントコーチに就任した。

個人成績[編集]

広島での成績は2000年7月3日時点[1]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
1997-98 ビーレフェルト ブンデス1部 1 0
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1998 広島 38 J 15 3 0 0 1 0 16 3
1999 6 J1 22 2 2 0 5 3 29 5
2000 0 0 0 0 - 0 0
ベルギー リーグ戦 リーグ杯ベルギー杯 期間通算
2000-01 メヘレン ジュピラーリーグ 4 0
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2000-01 ウェストハム プレミアリーグ 5 0
2001-02 6 0
2002-03 ポーツマス FL1部 32 1
2003-04 プレミアリーグ 10 1
2004-05 0 0
2005-06 0 0
2006-07 リーズ 20 FLチャンピオンシップ 18 1
オーストラリア リーグ戦 リーグ杯FFA杯 期間通算
2007-08 パース 18 Aリーグ 6 0
2008-09 2 0
2009-10 シドニー 26 10 0
2010-11 5 16 0
通算 豪州 Aリーグ 17 0
ドイツ ブンデスリーガ
日本 J1 37 5 2 0 6 3 45 8
ベルギー ジュピラーリーグ
イングランド プレミアリーグ 21 1
イングランド FL
総通算

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d フォックス選手の退団について”. サンフレッチェ広島公式 (2000年7月3日). 2001年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月26日閲覧。
  2. ^ a b c Sydney FC defender, former Socceroo Hayden Foxe announces retirement from football”. FOX (2011年2月22日). 2013年8月26日閲覧。
  3. ^ a b c d Foxe: 'Arry's My Inspiration”. fourfourtwo (2011年4月21日). 2013年8月26日閲覧。
  4. ^ a b Golden Soft Sombrero Moment with Hayden Foxe”. fourdiegos.com (1999年). 2013年8月26日閲覧。
  5. ^ 攻守がっちりサンフレ連勝”. 中国新聞 (1998年9月12日). 2013年8月26日閲覧。
  6. ^ 本田技研に逆転勝ち 天皇杯サッカー”. 中国新聞 (1999年12月12日). 2013年8月26日閲覧。
  7. ^ a b Redknapp bags Foxe”. BBC (2002年5月29日). 2013年8月26日閲覧。
  8. ^ Defender Foxe earns Leeds switch”. BBC (2006年4月11日). 2013年8月26日閲覧。
  9. ^ Relegated Leeds in administration”. BBC (2007年5月4日). 2013年8月26日閲覧。
  10. ^ a b Sydney Sign Foxe As Ryall Injured”. fourfourtwo (2010年1月7日). 2013年8月26日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]