ノート:日本アカデミー賞

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保護依頼について[編集]

このページについて、保護依頼が出されました。

日本アカデミー賞(ノート/履歴/ログ)
特定IPユーザーが日本テレビを擁護する中立的観点を欠いた内容への改竄を執拗に繰り返すため保護をお願いします。--POPPE :2007年2月17日 (土) 00:04 (UTC)

依頼者である「POPPE」氏は、日本テレビも関係の深いプロ野球界では対抗球団である阪神タイガースのサポーターであり、同時に日本テレビが中継しているプロレス団体ノアに関して、自らが望む形で最終記述されることに固執している人物であると見受けられます。

利用者:POPPE [1]
  • プロレス
WWE、DRAGON GATE中心。ノア関係の所謂ノアヲタ的記述の修正。
  • プロ野球関連 - 阪神タイガース中心。


彼が保護対象にすることを求めている最終文面は、個人的な思い込みや怨念、嫉妬の感情に支配された、妄想に等しい内容であり、私としては到底同意できる内容ではありません。論争の対象は、相当の主観的要素を含むものである以上、説得力ある形で反論するのは容易ではないわけですが、双方が根拠となるデータや論理を提示しあいながら議論するべきで、私の側から全面反論する上で、詳細な資料収集のために今しばらく時間の猶予をもって、保護依頼については当面慎重に扱っていただくようお願いします。そもそも「POPPE」氏は保護依頼する上で、私が「中立的観点を欠いている」と批判しているわけですが、具体的にどこがそうなのか何一つ指摘しておりません。ですからいずれ私の側の反証に対して、保護依頼者である「POPPE」氏側が、再反論する形で「中立性の欠落」についての説明を求めたいと考えます。

項目分割の提案について[編集]

記事容量が肥大化したため、日本アカデミー賞から日本アカデミー賞歴代受賞作品を分割したいとのことですが、私自身は分割する必要性について、全くもって同意するものですが、分割するのならむしろ「歴代受賞作品」(および簡潔な“賞の概要”)を元の日本アカデミー賞の方に残し、投稿者の主観が強すぎて客観性の乏しい“権威と問題点”の項や、さほど意義のない“授賞式の放送”、“エピソード”の項目などを、別ページに分割分離する方が私としてはより望ましいと思っています。

などへの分割です。というのも、ブルーリボン賞 (映画)毎日映画コンクールのページを見れば分かりますが、他の映画賞ページは総じて歴代受賞作品を列挙してるに過ぎないですし、日本アカデミー賞ページも本来はそうだったわけですから。

(賛成)サンドウします--広辞苑 2007年3月31日 (土) 05:17 (UTC)

「権威と問題点」の問題点 1[編集]

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%87%E3%83%9F%E3%83%BC%E8%B3%9E&oldid=10759545

  • 大手映画系有利の投票システムのため、『HANA-BI』は惨敗した

大手有利なのは事実だが、そのことイコール『HANA-BI』惨敗の理由だと考えるのは短絡的である。 第30回日本アカデミー賞はインディンペントの『フラガール』 が最優秀賞を受賞したが、向こうにまわしたライバルは、 作品賞・監督賞を過去最多受賞している、アカデミー常連の山田洋次監督作品『武士の一分』(松竹系)だった。 『HANA-BI』は『愛を乞うひと』と各映画賞を分け合っていたし、批評家評価は似た水準だったが、 問題は興行成績に差がありすぎた点で(『HANA-BI』は配収1億2000万)、 また、北野作品は作家性が強すぎる作風(暴力性の氾濫など)のため、好き嫌いする人が多く、 そもそも会員の中で観た人間の数が少なかったと思われる。 このような作品は、数千人の会員投票制度では不利になるのはやむを得ず、それは何も日本だけで起っていることでも何でもない。 アメリカのアカデミー賞も、会員の大勢に見てもらって初めて評価の対象になるわけで、それゆえ映画会社による会員へのプロモーションが激しく行なわれているのである。 いずれにせよ、結果から見ればこの選考は、さして不思議ではない結果だったと思われる。 こうした配給収入・興行収入が極端に小さい作品が、批評家からの評価がいくら高くても惨敗するケースは他にもあって、 第5回『泥の河』、第17回『月はどっちに出ている』、第29回『パッチギ!』(いずれも独立系)は惨敗しており、 大手系が配給していても、第24回『顔 (映画)』、第28回『血と骨』(いずれも松竹配給)もまた惨敗している。 第21回『うなぎ (映画)』(配給:松竹)はカンヌ映画祭パルムドール獲得作品だったが(国内映画賞はキネマ旬報1位のみ)、最優秀賞には輝いていない。 それに『HANA-BI』の配給は日本ヘラルド映画だったので、必ずしも、いわゆる“独立系作品”とは言えない。

  • 大手四社系の「持ち回り」である

過去の最優秀作品賞を見てみると、各映画会社の獲得数は、松竹9回、東宝11回(大映作品の配給2回、ジブリ配給2回)、東映6回、大映(配給は東宝)2回、他3回となっており、東宝は東映の倍近くなっていて、明らかに格差が生じている。更に、大手4社中心に立ち上げた映画賞であるのにも関わらず、第1回から3回連続で松竹系作品が最優秀賞を獲得している点からも、受賞順と言えるような規則性の存在が確認できず、「持ち回り」云々は全くの邪推と言わざるを得ない。 そもそもハリウッドと違って、制作・配給・興行が一体となっていて(アメリカでは配給と興行は分離が義務付けられている)、大手3社に映画産業が依存してるいる以上、配給まで含めるなら、主要作品が大手系に集中するのは当たり前の話で、大手映画会社が関与してない作品はチェーンにかけることすら困難だ。そうなれば、観てることが投票の前提ではない会員投票方式では、支持者が広まらず勝ちきれないのはやむを得ない。


「権威と問題点」の問題点 2(前)[編集]

  • 授賞式放送の日本テレビ系作品が正賞のほとんどを独占、よって「日本テレビアカデミー賞」である

第20回(96年公開)分以降作品の、国内各映画賞受賞歴を見てみよう。 日本アカデミー、キネマ旬報ベスト10、ブルーリボン、毎日映画、報知映画、日刊スポーツの順で、 日テレ系が5、2、2、4、3、3回、フジ系が0、0、0、0、1、0、テレ朝系が1、0、0、1、0、1、テレビ東京系が2、1、1、0、1、0。

同一作品で、他に複数映画賞を受賞したものが、 第20回『Shall we ダンス?』(日テレ系)が主要6映画賞中5冠、 第21回『もののけ姫』(日テレ系)が2冠、 第22回『愛を乞うひと』が3冠、同年公開『HANA-BI』が3冠、 第23回『鉄道員 (小説)』(テレ朝系)が3冠、 第24回『雨あがる』(テレビ東京系)は1冠のみで、同年公開『顔 (映画)』が3冠、 第25回『千と千尋の神隠し』(日テレ系)が4冠、同年公開『GO (小説)』(テレビ東京系)が2冠、 第26回『たそがれ清兵衛』が6冠(全冠制覇)、 第27回『壬生義士伝』(テレビ東京系)は1冠のみで、同年公開『赤目四十八瀧』が2冠、 第28回『半落ち』(TBS系)は1冠のみで、同年公開『誰も知らない』が3冠、 第29回『ALWAYS 三丁目の夕日』(日テレ系)が2冠で、同年公開『パッチギ!』が4冠、 第30回『フラガール』が5冠 という内訳になっている。日テレ系は複数映画賞を総なめしているケースが多く、『千と千尋の神隠し』はベルリン映画賞グランプリ& 米アカデミー賞長編アニメ賞受賞、『たそがれ清兵衛』は米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされている。 一方、他局系は日本アカデミー賞のみの受賞が多い。つまり、日テレ系映画は日本アカデミー賞で“優遇”されてるのではなく、 全ての映画賞で“優遇”されている、すなわち、評価が高いわけである。 しかもそれら作品のいずれもが、同時に商業的にも大きな成功を収めている。 『Shall we ダンス?』は配収16億、『もののけ姫」は配収113億(興収194億)と邦画記録更新、 『千と千尋の神隠し』は興収304億、『たそがれ清兵衛』は時代劇としては当時異例の12億(もしくは16億)、 『三丁目の夕日』(興収34億)は年配層向け映画だったが、口コミ的に大ヒットした。 そしてそれらは(アニメは除く)、日本アカデミー賞で各部門賞を独占している。 会員の全てがノミネート作を確実に見ている保証がない投票システムだし、確固とした批評的立場を保持している会員ばかり から成っているわけでもないから、テレビ局の強引な大宣伝によらずに、じわじわと大衆による草の根的支持によって大ヒットした上で、しかも他映画賞を総なめした(内容的にも評価された)映画は圧倒的に会員から支持される傾向が顕著である。 いずれにせよ、映画製作において、商業性と良質性とを両立させるのは非常に難しいことだが、 それを成し得た映画が、映画業界人の総投票方式である日本アカデミー賞では高く評価され、賞を独占する傾向が強い。 『Shall we ダンス?』や『鉄道員』、『たそがれ清兵衛」、『三丁目の夕日』などのような作品が、 日本アカデミー賞では非常に好まれるのである。 だからこれらの作品が正賞の大部分を独占することに何の不思議もない。 そもそも日本アカデミー賞では古くから「独占」が多い。 会員が投票する上で、各部門賞をバランスよく分配させる(例えば互角の評価の作品が競合するケースで、 作品賞と監督賞を別々にするなど)という発想は持たないため、特定作品に支持が集中してしまうためである。 『Shall we ダンス?』、『鉄道員』、『たそがれ清兵衛』、『三丁目の夕日』の他にも、 第1回『幸福の黄色いハンカチ』からして6冠だったし、第2回『事件 (大岡昇平)』が7冠、第3回『復讐するは我にあり』が6冠、 第6回『蒲田行進曲』が7冠、第10回『火宅の人』が9冠、第11回『マルサの女』が9冠、第13『黒い雨』9冠、 第18回『忠臣蔵外伝 四谷怪談』7冠、第22回『愛を乞うひと』8冠など、目立つものだけ挙げてもこれだけある。 この賞が創設されて数回後には既に「独占」の表現が出始めており、第2回『事件 (大岡昇平)』の際が、 「独占」と言われた最初だったのではないかと思われる。実は「独占」こそ日本アカデミー賞の歴史である。


「権威と問題点」の問題点 2(後)[編集]

また、「独占」してることと、授賞式の中継局とは関係がない。 日本アカデミー賞は日本アカデミー賞協会の主催であり、日本テレビは放映権を持ち、放送しているにすぎない。 日本テレビを含むテレビ各社は平等の立場で、2006年度賛助法人 に加わっているが、票数自体は投票結果にさして影響がない程度、一社あたり微々たるもので、 2006年度会員所属内訳で明らかだが、 映画業界賞である、日本アカデミー賞においては、あくまで外部団体扱いである。 日本テレビが主催し、日本テレビ出資作に受賞させてばかりなら「お手盛り」の批判が出る余地もあろうが、 主催は日本映画監督協会、日本シナリオ作家協会など、業界内10団体から構成される日本アカデミー賞協会であり、 会員総数は約5000人。このバックグラウンドであれば、仮に主催が日本テレビであったとしても問題にすらならないだろう。

たとえば音楽賞である日本レコード大賞などは、テレビ中継があることで、国民的認知度が高く、注目を集める点で 日本アカデミー賞と似ているが、両者の根本的な違いは、日本レコード大賞はわずか約15人の審査委員による 選考方式のためいろんな疑惑が囁かれているに対し、日本アカデミー賞は、選考委員は形式的に存在してるだけで、 根本はあくまで約5000人の会員総投票方式であるために、買収や癒着などのあからさまな不正の入り込む余地がない点である。 だから、投票結果が、会員の映画を評するレベルの低さを表していると批判することは可能でも、 そこに何らかの「意志」があると批判するのは全くの邪推でしかない。

なお、テレビ局と映画会社との関係について付言すると、 テレビ朝日と東映とが長く密接な関係を持っており、東映はテレビ朝日の大株主だし、最近ではテレビ朝日が東映の筆頭株主になっている。 また、フジテレビは、ラジオのニッポン放送と文化放送が主体となり、 東宝、松竹、大映の映画会社各社が参加して立ち上げた会社で、 映画業界とは特別な関係にあったし、最近はフジテレビの安定株主対策として 東宝がフジ株を買い増しており、東宝が大株主となっている。 一方、日本テレビは映画会社とは特別な資本関係は持っていない。 興行上も、映画各会社は製作においてフジテレビ、次いでTBSと関係を密にしており、 ヒットを生み出しているが、日本テレビはその次くらいのポジションにすぎない。 つまり、映画業界人が特別、日本テレビに敬意を払ったり、優遇する意識を持ってるなどという ことは、今日の邦画業界の実態を知っているなら 到底あり得ないことだと常識的に理解できることなのである。


「権威と問題点」の問題点 3(前)[編集]

  • 民放他局は興行収入の多寡に関わらずノミネートも困難、されても最優秀は無理

そんなことはない。テレビ局出資映画で、過去、日本アカデミー賞作品賞にノミネートされた作品を 日本の映画賞の中でも最も権威があるとされているキネマ旬報の年間順位付きで列挙してみる。 第3回『衝動殺人 息子よ』(松竹・TBS=キネマ旬報5位)が一番最初で、 次いで第6回『誘拐報道』(東映・日テレ=9位)、 第7回『南極物語』(フジテレビ/ヘラルド=キネマ旬報11以下)、 第9回『ビルマの竪琴』(フジテレビ/東宝=8位)、 第10回『植村直己物語』(電通・毎日放送/東宝=11以下)・ 『新・喜びも悲しみも幾歳月』(松竹・TBS=11以下)・ 『人間の約束』(西友・テレビ朝日=4位), 第11回『竹取物語』(東宝・フジテレビ=11以下)、 第12回『優駿 ORACION』(フジテレビ=11以下)、 第14回『少年時代』(制作委員会:藤子スタジオ、テレビ朝日など/東宝=キネマ旬報2位/読者1位、 ブルーリボン賞、毎日映画コンクール、日刊スポーツ映画賞)は、 テレビ局出資映画として初の日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞、 同回『白い手』(関西テレビ=10位)、 第16回『いつかギラギラする日』(松竹・日テレ=7位)・ 『遠き落日』(松竹・テレビ朝日=キネマ旬報11以下)、 第17回最優秀作品賞受賞『学校 (映画)』(松竹・日テレ=6位)・ 『わが愛の譜 滝廉太郎物語』(東映・日テレ=8位)、 第18回『居酒屋ゆうれい』(サントリー・テレビ朝日=3位)・ 『119 (映画)』(松竹・テレビ東京=旬報6位/読者1位)・ 『四十七人の刺客』(東宝・日テレ=旬報11以下)・ 『ラストソング』(東宝・フジテレビ=旬報11以下)、 第19回『写楽 (映画)』(西友・テレビ朝日/松竹=5位)・ 『Love Letter』(フジテレビジョン=旬報3位/読者1位)、 第20回最優秀作品賞受賞『Shall we ダンス?』(大映・日テレ/東宝=キネマ旬報1位/読者1位、毎日、報知、日刊)・ 『学校 (映画)Ⅱ』(松竹・日テレ=8位)・ 『スワロウテイル』(烏龍舎・フジテレビなど/日本ヘラルド映画など=11以下)、 第21回最優秀作品賞受賞『もののけ姫』(徳間書店・日テレ/東宝=2位/読者1位、毎日)・ 『東京日和』(フジテレビ=9位)・ 『ラヂオの時間』(フジテレビ・東宝=3位)、 第22回『踊る大捜査線』(フジテレビ/東宝=11以下)・ 『学校 (映画)Ⅲ』(松竹・日テレ=6位)・ 『HANA-BI 』(バンダイビジュアル・テレビ東京/日本ヘラルド映画=1位/読者1位、ブルーリボン、報知、ベネチア)、 第23回最優秀作品賞受賞『鉄道員 (小説)』(製作委員会:東映・テレビ朝日など=4位/読者1位、毎日、日刊)・ 『御法度 (映画)』(松竹・BS朝日=キネマ旬報11以下、ブルーリボン)、 第24回最優秀作品賞受賞『雨あがる』(製作委員会:東宝・テレビ東京など=9位)・ 『顔 (映画)』(松竹・毎日放送など=1位/読者1位、毎日、報知)・ 『十五才 学校 (映画)Ⅳ』(松竹・日テレ=4位、日刊)、 『バトル・ロワイアル (映画)』(製作委員会:東映・WOWOWなど=5位、ブルーリボン)・ 『ホワイトアウト』(製作委員会:日本ヘラルド映画・フジテレビ/東宝=11以下)、 第25回最優秀作品賞受賞『千と千尋の神隠し』(徳間書店・スタジオジブリ・日テレ/東宝=3位/読者1位、ブルーリボン、 毎日、日刊、ベルリン、米アカデミー賞・長編アニメ部門)・ 『ウォーターボーイズ』(フジテレビ・アルタミラピクチャーズ/東宝=8位) 『GO (小説)』(製作委員会:テレビ東京など=キネマ旬報1位、報知)・ 『千年の恋』(製作委員会:東映・テレビ朝日など=11以下)・ 『ホタル (映画)』(製作委員会:東映・テレビ朝日など=11以下)、 第26回最優秀作品賞受賞『たそがれ清兵衛』(松竹・日テレ=1位/読者1位、ブルーリボン、毎日、報知、日刊、米アカデミー賞外国語映画ノミネート)・ 『阿弥陀堂だより』(アスミックエース・テレビ東京=7位)・ 『ピンポン (漫画)』(アスミックエース・TBS・BS-i=9位)、 第27回最優秀作品賞受賞『壬生義士伝』(松竹・テレビ東京・テレビ大阪=11以下)・ 『踊る大捜査線2』(フジテレビ/東宝=11以下)・ 『座頭市 (2003年)』(バンダイビジュアル・テレビ朝日/東宝=7位/読者1位)・ 『スパイ・ゾルゲ』(表現社・アスミック エース・テレビ朝日/東宝=11以下)、 第28回最優秀作品賞受賞『半落ち』(東映・TBS=11以下)・ 『隠し剣 鬼の爪』(松竹・日テレ=5位)・ 『世界の中心で、愛をさけぶ』(東宝・TBS・MBS=11以下)・ 『スウィングガールズ』(フジテレビ・アルタミラピクチャーズ/東宝=7位)・ 『血と骨』(ビーワイルド・朝日放送・ザナドゥー/松竹=2位、毎日、日刊)、 第29回最優秀作品賞受賞『ALWAYS 三丁目の夕日』(製作委員会:日テレなど/東宝=2位/読者1位、報知)・ 『北の零年』(製作委員会:東映・テレビ朝日など=11以下)・ 『蝉しぐれ』(製作委員会:東宝・フジテレビなど=11以下)、 第30回『武士の一分』(製作委員会:松竹・テレビ朝日・朝日放送・メ~テレなど=5位)・ 『男たちの大和/YAMATO』(製作委員会:東映・テレビ朝日・朝日放送など=11以下)・ 『有頂天ホテル』(フジテレビ・東宝==11以下)


「権威と問題点」の問題点 3(中)[編集]

テレビ局出資作品で最初のノミネートがTBS出資作(第3回)で、 最初の最優秀賞がテレビ朝日出資作(第14回)、 日テレ出資は第6回にノミネートされたきり、第16回まで全くなし。 その間、フジテレビ幹事製作作品は3本・出資が1本の計4本もノミネートされている。 テレビ中継してるから特別扱いだなどと言うが、これのどこが「日本テレビ賞」なのか?

テレビ局出資作のノミネートを局別に分類してゆくと、 日テレ系14本(幹事1本)うち最優秀6本(幹事1本)、 フジ系16本(幹事11本)うち最優秀0本、 TBS系5本(幹事0本)うち最優秀1本(幹事0本)、 テレビ朝日系12本(幹事0本)うち最優秀2本(幹事0本)、 テレビ東京系6本(幹事0本)うち最優秀2本(幹事0本) 地方系列局などマイナー局系6本となっている。

日テレ、フジ、テレビ朝日の各出資作のノミネートはほぼ同数である。 (幹事会社がテレビ局である、純粋にテレビ局制作と呼べる作品に限って言えば、フジテレビ作品が11本と群を抜いている。) 最優秀賞は各局受賞してる中、フジ系は過去1本もない。 ノミネートされたテレビ局出資作をキネマ旬報ベスト10と照合してみると、 ベスト10外の作品は、フジの9本が最大(実にノミネート作品中、半数以上が駄作)、 テレビ朝日が6本、TBS2本、テレビ東京1本、 日本テレビ系はノミネート数最大にも関わらず、ベスト10外はわずかに1本しかない。 ノミネート作品中、他の主要映画賞も同時に受賞したものは、 日テレ系が半数の7本に及び、テレビ朝日・テレビ東京系が各2本、フジテレビは最大ノミネート数 にも関わらず、TBSとともに、なんと1本も受賞していない。 興収記録を塗り替えるような大ヒット作品がノミネートされた事例を見ると、 日テレ系『千と千尋の神隠し」は3位で他映画賞も多く受賞しているが、 フジテレビ系の『踊る大捜査線2』は26位で、いかなる映画賞も受賞していない。 要するに、日テレ系映画には秀作が多く、フジ系映画は大ヒットはしてるが駄作ばかり、それが真相である。

日本テレビ系が目立ってノミネートされるようになったのは、日本アカデミー賞常連の山田監督作品 への出資が増えたことと、ジブリの宮崎監督という稀有な才能との関係ができたことが大きな理由になってるにすぎないし、 フジテレビが『タスマニア物語』や『南極物語』のような映画の質関係なしの、大ヒット狙いの映画制作に突き進んで、 自社収益最大化を狙った幹事社映画の製作がメインなのに対し、日本テレビは映画会社との付き合いで、 芸術性・社会性に価値を置いた映画製作を中心にしてることで差が生じていると言える。 実際、ノミネート作品を見ても、フジテレビ系作品は踊る捜査線等々、なぜノミネートされたのか理由すら不明なのだが、 おそらく配給・興行収入が巨額だったため、大きな収益にあずかった配給映画会社の人間としてもそれを考慮に入れざるを得ない心理になったのだろう。

「権威と問題点」の問題点 3(後)[編集]

そもそも興行収入の多さと映画賞とは基本的に関係がない。 会員総投票方式では、興行収入が多い方が、観てくれた会員の数が多いため有利になるのは自明だとしても、 投票してもらうためにはそこに内容が伴っていなければならない。内容の無い駄作の大ヒットは馬鹿にされるだけに終わる。 興行収入で言えば、日テレ出資・幹事作品で過去最大の興収を上げたのは、第30回の年に公開の『デスノート後編』(=キネマ旬報67位)だったが、 娯楽映画の常として、ノミネート対象外だった。同年においては興収実写1位のフジ製作『海猿2』(=キネマ旬報70位)もノミネート外、 興収1位の日テレ出資アニメ『ゲド戦記』は記念となる初代アニメ部門最優秀賞を逃している。 数値化できない要素を評価の基準にするものが映画賞の本質なのであって、 興行収入というクリアな数字を基準に表彰して欲しいなら、 そのような賞としてはマイナーだがゴールデングロス賞があるから、 そちらの賞でも勝手に有難がっていればよい。

なお、日テレ出資作品のノミネート作には、山田洋次監督の作品が5本も入っている。 山田作品の場合は、山田監督が松竹重役で松竹系映画人脈への影響力が強く、なおかつ作風が日本アカデミー会員好みのため、 ほぼ自動的にノミネートが確約されているようなもので、日テレが出資する以前から、 第1回最優秀『幸福の黄色いハンカチ』、第10回『キネマの天地』、第15回最優秀『息子 (映画)』がノミネートされ、うち2本が最優秀賞受賞、 学校3部作に次ぐ、新3部作の藤沢シリーズも全てノミネートされたが、日テレが出資を見送った3作目の『武士の一分』は 代わりにテレビ朝日が出資して、以前同様、問題なくノミネートされている。 要するに出資テレビ局がどこかなど関係はない。

そもそも映画作品が誰の手になるものかと言って、基本的に幹事会社を務めてる会社の作品だと見るのが妥当である。 クレジットの一番最初に記されてる会社だ。だから出資してるだけで、このテレビ局の作品だ、などと論じるのは根本的に間違いである。テレビ局が出資してるのは、日本で公開されるハリウッド作品と違って、多額の広告宣伝費をかけられない邦画界の苦肉の策として製作にテレビ局を抱き込むことで、映画の地上波放映権を譲渡する見返りに、テレビ番組内においてただ同然で宣伝してもらうことを目的としているにすぎない。近年は資金調達を容易にする目的もあり、製作委員会方式が普及してきており、 そこに配給の映画大手3社とテレビ局が出資するのは常識になっているから、テレビ局が主導権を持つ幹事作品以外について、 出資テレビ局がどこかとこだわることにほとんど意味が無いと言える。


「権威と問題点」の問題点 3(前)[編集]

  • 何のために授賞式に出席しているのか分からない状況になることが多い

全く意味が不明の記述だ。ブルーリボン賞 (映画)や毎日映画コンクールのように、 事前の受賞者確定後に表彰式が行なわれる映画賞と違って、日本アカデミー賞や、その本家のアカデミー賞、 あるいは、カンヌや海外の映画祭などは、授賞式セレモニーの場で、受賞者が発表されるのである。 その緊張感とスリルがあるからこそ、その模様が中継される価値を持ってくる。いわば映画の祭典の方式がそのようなものになっているわけで、受賞できなかったから出る意味がない、などという発想は馬鹿げている。 アメリカのアカデミー賞でも、いくらヒットしようが、熱烈な支持者がいようが、何度出席しても受賞できない大物がいる。 俳優ならトム・クルーズがそうだし、監督ならマーティン・スコセッシが何度ノミネートされても受賞できない無冠の帝王だったが、 『ディパーテッド』でようやく監督賞・作品賞を受賞。スピルバーグも『シンドラーのリスト』でようやく受賞だ。 「何のために出てるのか」って、「獲れるかも知れない」と思って出てるんでしょう。 でも、獲れないものは獲れないんだから仕方ない。映画業界会員5000人が投票した結果なんだから。

  • 宮崎駿によるジブリアニメ作品も最優秀作品賞の常連となっている

これは間違いである。宮崎作品であれ、ジブリ作品であれ、最優秀作品賞は2回しか受賞していない。そしてノミネートもその受賞2回の分だけだ。 そもそも日本アカデミー賞のおいては、アニメは極めて扱いが悪かったのが実際の歴史だ。第12回ではジブリの『となりのトトロ』(配給:東宝)がキネマ旬報1位・読者選出1位、毎日映画受賞ながら、ノミネートすらされておらず、翌13回『魔女の宅急便』(配給:東映)は配収1位にも関わらず、同じくノミネート外だった。113億という記録的な配収(興収193億=当時邦画歴代1位)をあげ、キネマ旬報2位、読者選出1位、毎日映画賞受賞と、興行と芸術において確固たる結果を出した第21回『もののけ姫』(配給:東宝)をもって、アニメ作品としてようやく初ノミネートされ、初受賞したのである。次は第25回『千と千尋の神隠し』であり、実にアニメ作品の作品賞ノミネートはこの2回しかないのが実態だ。


細田守監督が富野由悠季監督と公開“辛口”トーク 「Movie Walker」2007年3月9日付記事

富野「細田監督は先日の日本アカデミー賞も獲ったよね。僕らの世代から見ると、日本アカデミー賞って何なんだ、という印象があるんです。創立当初は、漫画映画は映画ではないと審査の対象にすらならなかったんだから。宮崎駿監督が10年がかりで突破した穴に、さらに続く人が出てきたことはうれしく思います。僕らの世代は、それはもう苦労があったんです(苦笑)」


  • グループ企業のニッポン放送が協賛しているため、フジは優遇されている

幼稚で馬鹿馬鹿しい記述。協賛してようがしてまいが、優遇も冷遇もされるはずがない。そんなことは投票する人間には 何の関係もないことだ。

そもそも5000人にも及ぶ会員による総投票方式の日本アカデミー賞で、「持ち回り」だとか、「優遇されてる・冷遇されてる」、あるいは「やらせ」だとかと語ること自体が馬鹿げている。

  • 授賞式の取材に関しては日本テレビ以外の民放他局に対しても比較的オープン

そんなことは当たり前のことで、日本テレビが持ってる権利は、授賞式の放映権でしかない。 スポーツでも試合の中継は権利局だけにあるが、試合後一定時間すれば、他社も一定のルール下で映像を配信できる。 それと同じことであって、このような当たり前の記述は不要である。

「権威と問題点」の問題点 3(後)[編集]

  • 最優秀作品賞がニッポン放送のリスナー投票による話題賞受賞作と異なる事が多いのは、一般世論との間の摩擦の証拠である

日本アカデミー賞の場合は会員資格があり、会員が特定されており、そして主要映画館へのフリーパス特権が与えられていることで、主要作品をなるだけ観られている、ということが投票の正当性を担保しているが、そもそもニッポン放送によるリスナー投票は、投票者の資格に何らの制約もなく、公正な投票者とすら言えないし、選出の正当性が薄弱である。まして俳優部門をナインティナインの両人がW受賞してしまうような賞のどこが “一般世論”だと言えるのだろうか?「話題賞」は日本アカデミー賞の付録であり、盲腸でしかなく、それゆえただの“話題”の種程度のものだ。 そもそも日本アカデミー賞創設当初に懸念されていた問題は、「芸術性より商業性のみを優先し、結果として人気投票に堕するのみに終わるの ではないか?」ということだったのだり、その懸念は今のところ杞憂にすぎなかった。元来、映画賞が一般世論を反映する必要など全くないのである。

  • スタッフ賞がダイジェスト放送程度なのは「スタッフ軽視」である

これは日本テレビの授賞式中継のあり方と、日本アカデミー賞のあり方とを混同した、まるで的外れの批判である。 日本アカデミー賞は、日本アカデミー賞協会が主催しており、日本テレビは運営組織に関与はしているが、テレビ中継のための運営進行上の必要からであって、その立場は、あくまで放映権を所有しているにすぎない。すなわち、日本テレビが授賞式をどう放送するかということと、日本アカデミー賞がどういう存在なのかとは違う問題なのである。 放送は広告を売るために視聴率を獲らないといけない、そのためにそれを見込めない部分は割愛するより他ない。 しかし日本アカデミー賞自体は、技術スタッフ賞を設けている、日本では稀有な映画賞なのであって、「スタッフ軽視」だという批判は、 他の映画賞と比較した場合の、そうした特質を踏まえれば筋違いだと言わざるを得ない。 また、BS生中継は第30回分は無くなったが、新たに設けた「授賞式の放送」の項に記されているが、前年の第29回分から CS日本の日テレプラス&サイエンスで、技術部門賞などの第1部をヘビーローテーション放送しており、その事実を知らずに批判しているようだ。

  • 日本アカデミー賞は、実情にそぐわない「アカデミー」という名称によってのみ、その権威を保っている

アメリカのアカデミー賞から暖簾分けされ、ライセンス料を払って同じシステムを採用しているのだから、「実情にそぐわない」という表現こそ 逆に「実情にそぐわない」ではないか。仮に選考結果が無様だというなら、それは投票する人間のレベルが低いのだから仕方あるまい。 政治の選挙と同じだ。有権者・国民のレベルが低いなら、選出される政治家のレベルが低くなるだろうが、それは決してシステム自体に問題があるからではない。単純に言えば、この賞が辛うじて“権威”を保てているのは、本家アカデミー賞同様、映画業界自体が立ち上げ、映画製作に従事する人々の投票によって選考されているからだ。そもそも日本映画業界の本体が運営しているのだから、どこぞの新聞社などが主催しているいくつかの映画賞よりは一定以上の“権威”はあろう。だからこそ多くの映画人が参加してるわけだ。


以上のように、「POPPE」氏による記述はまるで的外れで、被害妄想と偏見と、根拠の乏しい主観を書き連ねているだけであり、彼の手になる記述の全体を一掃し、放逐する必要があると思われる。

「POPPE」氏は、自身の手になる妄想文が、他の投稿者に排されるとただちに回復させて全く譲らない。 果たして彼と同一人物なのか、「ykhmac00.ap.so-net.ne.jp(=神奈川県のIP)」氏も同様で、他にも非常に感情的で、公正でない記述が多すぎる。 ページをまるで私物化してしまっていて、迷惑この上ないのでやめていただきたい。 妄想は自分のHPかブログ、あるいはちらしの裏にでも書けばいいではないか。

「p******.ykhmac00.ap.so-net.ne.jp」の編集の一部

  1. 2006年3月3日 (金) 13:45 211.128.57.54 [2]
  2. 2006年3月3日 (金) 16:13 211.128.57.54 [3]
  3. 2006年3月4日 (土) 03:30 211.10.61.74 [4]
  4. 2006年3月5日 (日) 04:31 218.41.187.27 [5]
  5. 2006年3月6日 (月) 14:29 218.41.177.178 [6]

「POPPE」氏の編集の一部

  1. 2007年2月15日 (木) 13:05 POPPE [7]
  2. 2007年2月16日 (金) 23:57 POPPE [8]

半保護依頼について[編集]

半保護依頼が出されました。

日本アカデミー賞(ノート/履歴/ログ) 特定IPユーザーが日本テレビを擁護する中立的観点を欠いた内容への改竄を執拗に繰り返すため保護をお願いします。--POPPE :2007年2月17日 (土) 00:04 (UTC)

そもそも私は以上の記事内容については利用者:218.217.192.112氏による執拗な日本テレビ擁護の部分をリバートしただけであって記事内容の執筆それ自体にはほぼノータッチなのですが、あたかもそれが私による執筆だとこじつけ、さらにそれを被害妄想だの偏見だのと仰せになるのですか。それぐらいはちゃんと調べてから意見を述べてほしいところですね。アカデミー賞あるいは日本テレビのスタッフの方、もしくは熱狂的ファンなのかはご存知ありませんが、上記の内容すべて貴方の個人的主観の一言で片付けられるものでしかありません。ここは貴方の論文を発表する場ではありません。日テレ出資の映画が圧倒的に受賞面で恩恵を受けている。その事実は誰にも否定できません。それに対して「良作が多いからである」というのは貴方の個人的主観でしかありません。ページを私物化しているのは貴方の方ではないのですか。
誰が執筆・編集したものであるかちゃんと調べもせず、ましてや私と他のユーザーを腹話扱いにする。これは私の名誉を著しく傷つけるものと考えます。従って利用者:218.217.192.112の行為を荒らし行為と考え、投稿ブロックまたは保護も辞さないつもりです。--POPPE 2007年4月14日 (土) 02:21 (UTC)


「POPPE」氏による一度目の保護依頼(2007年2月17日)については、編集合戦になりかけてたこともあり、私の方で自重しておきました。十分時間をとり、それにより保護見送り(2007年3月4日)となったわけです。その後、暇を見つけて長文で自分の見解を纏め上げてノートに投稿しておきました。読めば納得できるだけのソースと論理を提示したつもりです。反論があるならいつでも受けて立ちましょうと、心を大きく持って、待っておりました。ところが気付けばまた「POPPE」氏が一方的に改竄してるわけです。しかも半保護依頼だとか言い張ってます。自分の投稿に固執するだけで、如何なる議論も対話も拒絶するばかり、一方的に記述を書き換えた挙句、再び一方的に半保護依頼ですか?これではまるで駄々っ子ではないですか。要するに説得力ある論理もなければ、根拠も持ち合わせてないのでしょう。

それと、「ノート」欄では項目別に分かり易く分離してますから、その項において投稿していただきたかったわけですが、新たに別項化させますのでよろしくお願いします。

それと「POPPE」氏の反論にもなってない“反論もどき”についてですが、

  • そもそも私は以上の記事内容については利用者:218.217.192.112氏による執拗な日本テレビ擁護の部分をリバートしただけであって記事内容の執筆それ自体にはほぼノータッチなのですが、

まず私はそもそも「日本テレビを擁護」しているのではないです。擁護してるのは「日本アカデミー賞」です。

  • 誰が執筆・編集したものであるかちゃんと調べもせず、

記事を執筆したのは誰か、誰が編集したものか?それは論点ではありません。誰が執筆しようが、一度破棄された、淘汰された記述を回復させた以上、「POPPE」氏がその記述を正当だと看做し、自らが投稿したのと同じことです。いい訳はできません。 新たな投稿分は実質的に「POPPE」氏の手になるものです。

たとえば「日本アカデミー賞は、第一回から第十一回(1988年)まではフジテレビが全国ネットで放送し、その後第十二回(1989年)からは日本テレビが中継する(当初は生放送、現在は録画)ようになった。」という記述などは明らかに事実誤認なので私が何度も削除したのに、 「POPPE」氏がまた何度も復活させる。

2007年2月15日 (木) 06:30[9]、
2007年2月15日 (木) 13:05 POPPE [10]

仕方がないので、とりあえず「授賞式について」の項目を新たに設定して、その部分の記述だけ分離させようとしたけど <2007年2月16日 (金) 08:32[11]> 、そんなことはおかまいなしにまた誤認情報を投稿している。 <2007年2月16日 (金) 23:57 POPPE[12]> そもそもの発端自体は 「POPPE」氏の投稿ではないにしても、記述を回復させる前に、日本アカデミー賞協会か日本テレビに電話1本かけて質問すれば済むことではないでしょうか?もしくは図書館で新聞バックナンバーのテレビ欄でも見れば済む。その労力さえ避ける人間が、世の中の事象を定義しようなどとは傲慢も甚だしいです。

  • 日テレ出資の映画が圧倒的に受賞面で恩恵を受けている。その事実は誰にも否定できません。それに対して「良作が多いからである」というのは貴方の個人的主観でしかありません。

これについてはノートの「権威と問題点」の問題点 2(前)、「権威と問題点」の問題点 3(中)を中心に、詳細にデータを示しておりますが、大事なことは「日テレ出資の映画が圧倒的に受賞面で恩恵を受けている」のが、日本アカデミー賞だけはない、他の映画賞も全てそうなのだ=日本アカデミー賞が不正をしてるわけでもない、そのような不正が成立し得る投票・選出システムでもなければ、日本テレビにそのような力もないという事実を、幾多の論拠とデータを持って、明白に示したわけです。そして「日本テレビが出資している作品≠日本テレビの映画」であるということもです。

そうした主張に納得できないというなら、具体的にどの記述におかしな部分があるというのか指摘していただきたいですね。でなければ醜い嫉妬以外の何物でもないです。 202.233.214.220 2007年4月15日 (日) 19:18 (UTC)

はいはい、わかりました。貴方様の仰せになる通りですね。これで気が済んだでしょう?私には貴方のように自分のアイデンティティ全てを日テレやアカデミー賞に捧げるような気概はありませんし、もう面倒くさいのでやめます。--POPPE 2007年4月16日 (月) 12:11 (UTC)