ニール・ゴーサッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ニール・ゴーサッチ
Neil Gorsuch
Neil Gorsuch 10th Circuit.jpg
第10巡回区控訴裁判所判事
就任
2006年8月8日
ノミネート者 ジョージ・W・ブッシュ
前任者 デイヴィッド・エベル英語版
個人情報
生誕 Neil McGill Gorsuch
(1967-08-29) 1967年8月29日(49歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 コロラド州デンバー
配偶者 ルイーズ・ゴーサッチ
子供 2人
デイヴィッド・ゴーサッチ
アン・ゴーサッチ・バーフォード英語版
教育 コロンビア大学 (BA)
ハーバード・ロー・スクール (JD)
オックスフォード大学 (PhD)
宗教 米国聖公会[1]

ニール・マギル・ゴーサッチ英語: Neil McGill Gorsuch, 1967年8月29日[2] - )は、アメリカ合衆国裁判官連邦第10巡回区控訴裁判所判事[3]アメリカ合衆国憲法の解釈では原意主義英語版司法条文主義の立場を採る[4][5][6]

経歴[編集]

生い立ち[編集]

1967年8月29日、デイヴィッド・ゴーサッチとアン・ゴーサッチ・バーフォード英語版の息子としてコロラド州デンバーに生まれる。母のアン・ゴーサッチは共和党所属の弁護士で、ロナルド・レーガン政権下で女性初のアメリカ合衆国環境保護庁長官を務めた人物である。

メリーランド州カトリック系学校を卒業後、コロンビア大学に進学して学士号(B.A.)を取得する。コロンビア大学では毎週発行の学生新聞コラムを執筆していた。1991年ハーバード・ロー・スクール法務博士号(J.D.)を取得。後に第44代アメリカ合衆国大統領となるバラク・オバマはハーバード・ロー・スクール時代の同級生だった。

弁護士[編集]

1991年から1992年までコロンビア特別区連邦巡回区控訴裁判所判事デイヴィッド・センテル英語版の下で事務官を務め、1993年から1994年にかけては連邦最高裁判所判事バイロン・ホワイト英語版アンソニー・ケネディの下で働いた。

1995年からはワシントンD.C.法律事務所弁護士として勤務し、1998年には事務所のパートナー弁護士に昇格した。2004年にはオックスフォード大学ユニバーシティ・カレッジでジョン・フィニス英語版から指導を受け、法哲学博士号を取得している。

連邦司法副次官補[編集]

2005年に事務所を離れると、ジョージ・W・ブッシュ政権下でアメリカ合衆国司法省の首席副次官補に就任し、2006年まで職に留まった。

連邦控訴裁判事[編集]

2006年、定年で引退するデイヴィッド・エベル英語版の後任として、ブッシュから連邦第10巡回区控訴裁判所判事に指名される。オバマ政権の医療保険制度オバマケア避妊薬・器具を保険の適用対象に加えたのに対し、ゴーサッチは、中絶を認めないという宗教上の理由で事業者が適用を拒否することを可能とする控訴裁判決に関わった[7]

連邦最高裁判事指名[編集]

2017年1月31日2016年に死去したアントニン・スカリアの後継として、第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプから合衆国最高裁判所判事に指名された[8]

脚注[編集]

[ヘルプ]