グロスター (哨戒フリゲート)

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グロスター
Gloucester (PF 22).jpg
基本情報
建造所 ウォルター・バトラー造船
経歴
進水 1943年7月12日
就役 1943年12月10日
1950年10月11日
退役 1945年9月3日
1952年9月15日
除籍 1961年12月1日
その後 海上自衛隊に貸与
要目
基準排水量 1,430トン
満載排水量 2,415トン
全長 92.6m
全幅 11.4m
吃水 4.1m
機関 ボイラー3基 5,500軸馬力
タービン2基 2軸推進
最大速力 20ノット
乗員 170名
兵装 50口径3インチ単装緩射砲×3基
56口径40mm連装機銃×2基
70口径20mm単装機銃×9基
ヘッジホッグ対潜迫撃砲×1基
片舷用爆雷投射機(K砲)×8基
レーダー SA 対空捜索用×1基
SL 対水上捜索用×1基
Mk.51 射撃指揮装置×2基
ソナー QBFまたはQJA 探信儀×1基
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グロスター (USS Gloucester, PG-130/PF-22) は、アメリカ海軍の哨戒フリゲートタコマ級フリゲートの1隻。艦名はマサチューセッツ州グロスターに因む。その名を持つ艦としては2隻目。

艦歴[編集]

グロスターは海事委任契約の下ウィスコンシン州スペリオルのウォルター・バトラー造船で起工した。1943年4月15日まではPG-130と呼ばれた。1943年7月12日にエミリー・K・ロスによって命名、進水、1943年12月10日に就役した。

整調後グロスターはテキサス州ガルベストンで乗組員の訓練に従事した。1944年6月16日に第38護衛部隊に配属され、その後アラスカン・シー・フロンティアでの任務を命じられた。グロスターはレンドリース法に基づき1945年9月4日ソ連海軍に貸与された。ソ連ではEK-26(ЭК-26エーカー・ドヴァーッツァチ・シェースチ)として太平洋艦隊へ配備された。その後、1949年10月31日横須賀でアメリカ海軍に返還され、1950年10月11日に再就役した。

1950年11月27日に横須賀を出航、韓国に向かい元山釜山仁川群山で対哨戒任務に従事、1951年1月21日に横須賀に帰還した。続いて元山で哨戒および船団護衛任務に従事し、1951年6月18日に戦闘に遭遇した。グロスターは僚艦と共に元山の固定砲台を破壊した。その後も韓国水域での任務を継続し、1951年11月11日、Kojo 沖を巡行中沿岸砲台との砲撃戦を行う。グロスターは直撃弾を与え、1名を死亡、11名を負傷させた。日本での修理を終え韓国水域に戻ると、国連軍への支援を継続した。1952年9月5日に横須賀に到着し、9月15日に退役した。

グロスターは1953年10月1日に日米船舶貸借協定の下、警備隊(後の海上自衛隊)に貸与され、つげ (PF-12) として就役し、同年12月1日に新編された第4船隊に編入された。海上自衛隊では、第2護衛隊群第4護衛隊に所属し、1957年9月1日にPF-292に艦籍番号が変更され、1961年12月1日にアメリカ海軍から除籍。1968年3月31日に海上自衛隊から除籍され、1969年3月31日にアメリカ海軍へ返還された。

外部リンク[編集]